第2は規制・実務面の要因である。海外で興隆を誇っているInsurTechビジネスの多くは、現在の日本の規制環境や実務環境のもとでは、そのままではスケールするビジネスとして構築することが難しいといわれている。保険行政の運用面の制約や、過去の新規参入に際して既存業界との調整により作られた複雑なチャネル規制、他業態との業際的な妥協によってつくられた書かれざるルールが、新しいビジネスを展開する上での大きな障害となっている。
イノベ―ティブなビジネスは、試行錯誤によってしか生まれないのに、こうした既存のさまざまな制約が、そもそも試行錯誤すら許さない状態を作り上げてしまっているのである。
スタートアップ企業は、本来こうした状況を自らこじ開けていくことが社会的な使命として期待されているのであるが、現状、そこまで思い詰めて保険分野に入ってこようとする有能で戦略的な起業家人材が日本にはほぼいない。ベンチャーキャピタリストやわれわれアドバイザーは、こうした起業家を発掘し、その気にさせて、これを全力で支援するべきであるのだが、現状まだここまで手が回っていないというのが実情である。
次世代の保険のビジネスモデルの探索に向けて
現代の人々は、保険というのは多数の類似のリスクをプールして管理することで全体のリスクを低減させるという点にその本質があると信じている。日本の保険監督行政も、大数の法則の適用を保険業の根幹に置いている。
しかしながら、17世紀後半にロンドンのタワー・ストリートにあるロイズ・コーヒーハウスで行われていた保険取引は、単独リスクの引き受けに関するものであった。今や、大量に収集されるデータと安価で高性能なコンピュータリソースのおかげで、年齢や性別、住居地などといった「粗いくくり」でリスクをまとめて価格付けすることへの合理性は急速に薄れている。
実ビジネスや実生活で発生するさまざまなリスクは、今後も発生し続けるし、こうしたリスクを管理できる状態にしたいというニーズは、すべての人にとって普遍的なものである。世界有数の自然災害リスクを抱え、世界2位の生命保険市場規模を持つという日本の保険業界は、次世代の保険のビジネスモデルの確立に向けて、主導的な役割を担うことができる地位にある。
銀行業界が率先して示したように、保険業界、スタートアップ企業、規制当局が相互に協力することで、世界の潮流に遅れることなくイノベーションに挑戦できるよう、まずは関係者のアジェンダと課題の共有が進むことを願ってやまない。
- 増島 雅和 東京大学法学部卒業、コロンビア大学ロースクール卒業。森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士。事業創出型のM&A、コーポレートファイナンスを専門にする。オープンイノベーションを軸に据えたエコシステム型のビジネスモデルの導入を支援するコンサルティング型リーガルサービスを得意とする。あらゆる産業を情報産業の文脈から再解釈し、スケーラブルな事業モデルを創造する活動の一環としてFinTech革命を制度面・実務面からバックアップ中。