FinTechの実際

ネット企業に学ぶ、銀行APIのあり方 - (page 3)

小川久範

2017-05-11 07:00

ネット企業に学ぶ銀行APIのあり方とは

 ネット企業の発想で銀行APIを提供するとしたら、どのようなものになるのだろうか。まず闇雲に全ての機能をAPIとして提供するのではなく、規模の経済を意識し、自行にとってコアとなるサービスを絞り込む必要がある。

 そして、少なくともネットサービスとしては、独占か寡占を目指さなければならない。そのためには、ネットワーク外部性が働くサービスであることが望ましい。

 例えば、現在複数のFinTech企業が参入している個人間送金アプリは、銀行が提供するサービスの中でも個人の送金に絞り込んだものである。

 ユーザーが増えるほど送金できる相手が増えて利便性が増すというネットワーク外部性が働くため、ネット起業家が目を付ける要件を満たしているように思われる。

 続いてAPIの提供において留意すべきことが2つある。第1に、APIの利用企業に対して十分な収益機会を提供することだ。AppleやGoogleは、全世界のスマートフォンユーザーという、アプリベンダーが単独ではリーチしえない顧客に対し、アプリを販売するという機会を提供している。


 だからこそ、アプリベンダーはアプリ開発に資金を投じ、イノベーションを生むことができる。銀行APIにおいても、銀行の利益を抑制し、API利用企業と共有する必要がある。

 第2に、APIの提供により形成されるエコシステムの発展のため、中核企業が研究開発などへ投資することである。その成果をAPI利用企業へ無償で提供することで、エコシステム全体の発展が期待できる。

 中核企業が技術面や事業面のリスクを引き受けることで、API利用企業は自社の専門分野のイノベーションに注力できる。そして、API利用企業によるイノベーションが、エコシステム全体にフィードバックされれば、エコシステムは発展する。

 ネット業界やゲーム業界などでは、プラットフォームとなる技術やビジネスモデルを中核企業が開発し、それをサードパーティに無償で共有した結果、サードパーティは魅力的なコンテンツの開発に注力できた。金融機関には研究開発を行うという考えがあまりないため、意識改革が必要になるかもしれない。

 最後に指摘しておきたいのは、ネット企業のエコシステムにおいては、参入や退出が自由な点である。場合によっては、短期間でエコシステムを構成する企業が入れ替わることさえある。

 例えば、携帯電話キャリアを中心とするエコシステムでは、端末を供給するメーカーやコンテンツプロバイダーの顔ぶれが、ガラケーの時代とスマートフォンが普及した現在では大きく異なる。エコシステムの構成企業が変化することで、エコシステム全体にイノベーションが起こり、中核企業の競争力が維持される。

 銀行APIにおいては、利用者保護の観点から利用企業は登録制になる見込みである。ただし、エコシステムへ参画する企業が限定されてしまっては、ネット業界のほどイノベーションが起こらない可能性が懸念される。

 利用者保護が重要であるのは当然だが、ユーザーのためになるサービスを提供する企業は容易に参入でき、そうでない企業には退出いただくという、ネット企業では当たり前の仕組みが上手く機能する制度設計を望みたい。

 エコシステムが健全に発展するかどうかは、中核企業の姿勢が大きく影響する。銀行APIの提供により、各行のオープンイノベーションに対する考えの違いが明確になるだろう。

 FinTech企業は、それらを見極めた上で、参入するエコシステムを選択する必要がある。

小川久範
日本アイ・ビー・エムを経て2006年に野村證券入社、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーへ出向。ICTベンチャーの調査と支援に従事する。560本以上の企業レポートを執筆し、数十社のIPOに関与した。2016年みずほ証券入社。FinTechについては、米国でJOBS法が成立した2012年に着目し、国内スタートアップへのインタビューを中心に、4年間に亘り調査を行ってきた。2014年10月には、国内初のFinTechに関するレポートを執筆した。FinTechエコシステムの構築を目指す「一般社団法人金融革新同友会FINOVATORS」副代表理事。

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