米国・欧州機関では宇宙産業に特化した政府ビジョンはない
世界の宇宙ビジネスの主役は、現在のところ米国であり、欧州がそれ続く。そう考えると、米国・欧州では既に先進的で詳細な産業ビジョンを出していると思う人も多いかも知れない。しかし、宇宙先進国を見渡しても、包括的な宇宙産業政策を打ち出している国はほとんど存在しない。
米国は2010年にObama政権(当時)が”National Space Policy” (NSP)を公表した。NSPは宇宙産業の振興を柱の一つとして掲げ、衛星関連産業の拡大やスタートアップなどアントレプレナーシップの育成を説いた。当時の宇宙業界においては革新的な政策方針だったが、産業政策は飽くまで全体の一部に過ぎず、抽象的なレベルに止まっている。
欧州では、欧州委員会(EC)が2016年”Space Strategy for Europe”を公表した。ここでも、宇宙×他産業や、スタートアップ育成など、新しい宇宙ビジネスの方向性は示されたが、やはり宇宙関連政策全体の一部としての扱いに止まり、個別具体な策を論じるまでには至っていない。
世界的にみても特異な日本の産業ビジョン
対して、日本の宇宙産業ビジョン2030はユニークだ。まず、数値目標を掲げて、目指す産業のスケール感を描いている。現状約1兆2000億円とされる日本の宇宙産業の市場規模を2030年代早期に倍増することを目標として打ち出す。
次に、産業振興の施策が前述の欧米の計画書と比べて、詳細で具体的だ。(1)宇宙利用産業、(2)宇宙機器産業、(3)海外展開、(4)新たな宇宙ビジネスを見据えた環境整備、という4つの柱の下に、「これから何をするのか」を具体的に書いている。
特に、既に動いている取り組みも含め、これから政府が取り組んでいくモデル事業などについて記載していることが特徴的である。さらには、既存の枠組みにとらわれない新しいプレイヤーの巻き込みの重要性についても触れられている。筆者が運営に関わるSPACETIDEの名前も挙がっていて、ここまで具体名に言及するのかと、驚いた。
日本に最も近いレベルの産業ビジョンを公表しているのは、英国である。産業団体であるUKspaceは”UK Space Innovation and Growth Strategy” (IGS)を2010年に初版を公表し、2015年に最新の改訂版を公表した。IGSは、民間団体によって検討されたものだが、英国政府(UKSA:英国宇宙庁)の年度計画” Annual Report and Accounts”にも採用されるなど、英国の宇宙産業の方向性の基盤となっている。
IGSも日本のビジョンと同様、宇宙産業を英国経済の成長・イノベーションに資する産業として位置づけている。やはり成長目標となる数値(市場規模、世界シェア、雇用)を明確に掲げ、これからの産業施策が個別具体に論じられている。ファイナンス手法を活用した施策が多い点は英国らしい(Brexitの影響を受けた改正が入る可能性はあるが)。
IGSは、諸外国の宇宙産業関係者に大きなインパクトを与えた。日本でも、さまざまな業界関係者がこのIGSに言及することが多く、今回の宇宙産業ビジョン2030の検討過程でも、IGSを参考にすべきと言う意見が聞かれた。個人的には、IGSと同じかそれ以上のインパクトが、宇宙産業ビジョン2030にもあると考えている。日本の本気度や日本市場の大きな可能性を伝える意味でも、本ビジョンの英語版の作成・公表を期待している。
世界的にもユニークな日英の宇宙産業ビジョン
国 | 日本 | 英国 |
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タイトル | 宇宙産業ビジョン2030 | UK Space Innovation and Growth Strategy |
発行機関 | 宇宙政策委員会宇宙産業小委員会(内閣府) | UKspace(民間団体) |
発行年月日 | 2017年5月 | 2015年7月 (初版2010年2月、第2版2013年7月) |
目標 |
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主な方針・ 施策 |
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下記施策により宇宙産業をリードする国の1つとなることを目指す: (1)成長ロードマップの作成による高付加価値市場へのアクセス (2)政府による宇宙関連サービスやインフラの利活用 (3)宇宙セクターの経済的インパクトの分析 (4)ビジネスの成長を促す規制や体制の構築 (5)欧州の宇宙開発への参画計画の遂行 (6)輸出の促進 (7)投資を増加させることによる高付加価値市場へのアクセス (8)中小企業を中心とした宇宙関連産業の振興 (9)宇宙クラスターの形成 (10)人材スキルを重要なものと位置づけ |