EdTechが引き起こすかもしない「教育イノベーション」
佐藤氏は、xTechの分野でいうとEdTech、教育分野の専門家だ。コーチングの資格も取得し、起業家たちへのメンタリング実績はのべ2000人を超える。Startup Hub Tokyoの施設を利用して、教育関係のインキュベーションプログラムなども進めている。
そこで、xTechによるイノベーションについて、EdTechで説明してもらった。
教育とテクノロジという観点で言えば、eラーニングがその代表だ。この分野でxTech起業しようとするなら、学校の先生が教材を電子化し、生徒がタブレット端末を使って個々に解答を入力、宿題なども同様を方法で行うことで、生徒の学習の進捗度合いを把握することができるーーそんな仕組みの中で、より便利なものを提供するということになりそうだ。
この例示に、佐藤氏は「それは、従来の延長線上の取り組みです」という。
「EdTechでの教育のイノベーションは、これまでの教育をひっくり返すようなものだと考えています。キーワードは個別最適化ですね。学ぶ人それぞれに合った学習方法を提供します。例えば、本から学ぶことが得意な人もいれば、映像からの方が、理解度が上がるという人もいる。体を動かしながら勉強した方がいいという人もいるかもしれない」とする。
「決まった先生に教わるよりも、別の人に教わったほうがいい、というケースもあります。そこで、AIで個々の生徒の傾向を探り、センサから生体データを取って最適な学習プログラムを作成する、また、ソーシャルネットワークを利用してその生徒に合った先生を見つける。例えばそんな取り組みがEdTechによる教育イノベーションだと考えます」
佐藤氏によれば、こうしたイノベーションが進めば、格差による教育機会の損失が解決していくという。
「実際、moocという教育プログラムを使って、モンゴルの少年が学習し、MITに入学したという事例があります。現在の学校は、多くの場合、指定された教室で決まった時間にみんなと一緒に学ばなければならない。それが不得手な生徒は脱落するか、苦痛を感じ続けることになり、学習意欲はどんどん減退していく。
EdTechは、学びたいときに、好きな方法で学ぶことができる。そして、学習の経過、成果を常にデータ化することができる。詰め込み勉強をして受験をして、合格した後は、燃え尽きてしまうということはない。一発勝負の受験での合否という定点で評価するのではなく、継続的な学習データを用いて評価され、その上で、修了資格を提供するのです」
ソーシャルネットワークで、自分に合った先生を見つけ学習する。そして、カリキュラムの消化具合などは常にデータ化され、試験の点数が足りない場合は、別の学習方法が提供され、最終的な修了を目指していく。そんなところだろうか。佐藤氏は、その修了資格は、ブロックチェーンで共有化されることも考えられるという。
「例えば、EdTechが提供する低価格のプログラムで海外の一流大学の修了資格が認定され、ブロックチェーンで信頼性を担保した上で企業の採用担当者などが確認できるようになるとします。そうなれば、意欲さえあれば、自分の実力を示して高収入の職につくことも可能になるわけです」
もちろん、こうしたことは一部では始まっているかもしれないが、すぐに日本の社会で実現することはないだろう。しかし、ここまで説明されたこれまでの通念を覆すイノベーションには、特に高度な技術は利用されていない。にもかかわらず、最終的に実現すれば、従来の教育制度の前提が根底からくつがえされる可能性がある。
佐藤氏は、本来xTechが持っている、いわば破壊的な力について教育という分野で説明してくれた。xTechは、従来のビジネスの延長線上でも使えるが、常識を破壊し、新たな市場を形成することにも使えるということだろう。
筆者は、佐藤氏のEdTechによる教育イノベーションの話を、「絵空事」とは感じられなかった。今の段階では、遠い将来の話のように聞こえるかもしれないが、具体的な事例が部分的にでも現れれば、一気に現実味を帯びてくる可能性は少なくない。そして、各xTechで同様のことが起きれば、おそらく、バズワードとは呼ばれなくなるだろう。むしろ、既存ビジネスの常識の範囲内でxTechを活用することが主流となれば、バズワードにとどまるのではないか。
言葉そのものが今後、どういう扱いを受けるかはさしたる問題ではない。大切なのは、企業の中からでも外からでもいいから、xTechの創造的破壊、つまりイノベーションを起こす力を利用しようという発想を持つことだろう。まさにそれこそがムーブメントを生み出す原動力となる。