エンタープライズトレンドの読み方

ニューヨークのアートから考えるビジネス戦略--Felix Gonzales-Torres編

飯田哲夫 (アマゾンウェブサービスジャパン)

2017-06-27 08:00

 ニューヨークへ出張に行ってきたので、久々のニューヨークアートシリーズ。現在、チェルシーのDavid Zwirnerというギャラリーで“Felix Gonzalez-Torres”展が開催されている。Torresは、キューバ生まれのアーティストで、シンプルなインスタレーション作品で知られている。

 今回取り上げてみたいのは「Untitled(Perfect Lovers)」。作品イメージは、是非こちらを見て頂きたい。

 外観は、シンプルな時計を二つ並べて壁に掛けただけのもの。時計は同じ時刻にセットして展示されるが、時間の経過とともに徐々にズレ、最後にはどちらかが止まってしまう。そうしたら、時刻を合わせて再スタートするのだが、いずれはまた同じことが繰り返される。今回の展示は4月27日からスタートしているが、53秒のズレが生じていた。

 Torresという作家はゲイであったことでも知られている。エイズで恋人を亡くし、自らもエイズで他界する。そのため、その作品もゲイやエイズといったテーマ性のもとに解釈されることが多い。“Perfect Lovers”というタイトルも、本来はそうした文脈で解釈するのが自然かもしれない。

 しかし、作品からどんなインスピレーションを受けるかは自由であるから、あえてこの作品をビジネスのコンテクストで捉えてみよう。

 例えば、この二つの時計を二つの企業のアナロジーとして捉えてみる。二つの企業が、二つの既製品の時計のように同じ資金力(電源)、同じ組織体制(内部機構)、同じような戦略(時計回り)でスタートしても、一定の時間が経過すれば、そのパフォーマンスは同じにはならない。

 似たような環境でスタートした二つの事業体であっても、そのパフォーマンスは秒針がズレるかのごとく徐々に差が開き、最後にはどちらかが止まってしまうということは良くあることだ。もう一度やったとしても、やはり両者がずっと同じということはなく、いずれはどちらかが止まる。

 全く同じ機構の時計が、何故ズレてしまうのであろう。仕組みが同じである以上、そのズレは、その時計が作られたときに内在する機械の癖のようなものに起因するとしか言いようがない。

 企業であれば、可視化できる財務や組織ではなく、内在する企業の文化や行動指針のようなものだ。一見同じように見えるのだが、何か見えないところが違っていて、時間の経過とともに差が出てしまう。

 株式会社であれば、株主がいて、取締役会があって、執行役員がいて、とどこも大枠の形は同じで、そこに電源たる資金が供給されるのであるが、そのパフォーマンスは全く異なるものとなる。

 なんか分かりにくいので、自分の得意分野(不得意分野でもある)の釣りで例えてみる。全く同じ道具と仕掛けで、隣り合って釣っているのに「なんであなたがそんなに釣れてて、オレは釣れないの?」的な状況である。

 最初は同じゼロからスタートするのに、徐々に釣れるペースが開いてゆき、最後には桁がズレるという、まさにTorresの作品のような結果になるのである。そして、これは何度やってもズレるのだ。

 この違い、同じセッティングでやりながらも、どれだけその日の環境に対応したトライ&エラーを繰り返して行くかみたいなところで違いが出る。釣り人は、往々にして過去の成功体験に捉われて新しい挑戦ができなかったりするので、結構その釣り人の本質が結果に表れてしまうのである。

 さて、ビジネスの話に戻ると、企業の競争環境というのは、資金力や組織体制において、短期的に同じような状況を作り上げることはできる。例えば、M&Aを実行して、競合他社と同じようなサービスメニューを作り上げ、時計の針を同じところに合わせることはできる。

 しかし、時間が経過してゆく中で、徐々にパフォーマンスに差が出るのは、表面的な財務力や組織などではなく、内在する企業文化や行動特性なのではないかなと思うのである。Torresの作品の意図とは全く関係ない解釈かもしれないが、出張のついでにアートを鑑賞するとこんなことを思ったりするのである。

 ちなみに、釣り人は、お金がないことを言い訳にして、最高の道具をあえて揃えなかったりする。それは、最も精巧な時計をもってしても時間がズレる、つまり釣果に差がつく(=釣れない)ことが明らかになり、その釣り師の本質的な駄目さ加減が露わになってしまうからなのである。私も、それを恐れて、いつも道具はそこそこな感じ。

飯田哲夫(Tetsuo Iida)

アマゾンウェブサービス ジャパンにて金融領域の事業開発を担当。大手SIerにて金融ソリューションの企画、ベンチャー投資、海外事業開発を担当した後、現職。金融革新同友会Finovators副代表理事。マンチェスタービジネススクール卒業。知る人ぞ知る現代美術教育の老舗「美学校」で学び、現在もアーティスト活動を続けている。報われることのない釣り師

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