敵組織「イエスタデイ・ワンスモア」が建設したテーマパーク「20世紀博」の中で、「昔の臭い」のせいで心が子どもに戻ってしまったしんのすけの父・ひろし。そこで彼は、かつて両親に連れて行ってもらったEXPO'70(大阪万博)でのことを夢に見る。
ひろし「やだやだー! オラ、月の石見たいよぉー」 銀の介(ひろしの父)「ひろし、おめえもわかんない奴だな。3時間も並んで石ころなんか見たって、しょうがなかっぺ(略)」 ひろし「ただの石じゃないもん。月の石だもん……。アポロが取ってきたんだもん……」
まだ年端も行かぬ幼児のひろしは諦めきれず、泣きじゃくる。そうなのだ。これはただの石ころじゃない。大阪万博前年の1969年11月にアポロ12号が月から持ち帰り、万博会場のアメリカ館に堂々と展示された、前代未聞の大冒険の記録だ。人類が神に近づくべく貫き通した野心と叡智(えいち)と栄誉の象徴だ。その威光を目の当たりにするためなら3時間並んだっていい。他のパビリオンが見られなくたっていい。だって、だって、これは「月の石」なんだから!
「月の石」を見るために3時間並ぶなど屁でもないという精神性が、成長してもなくならないどころか限りなく肥大した者だけが、Columbusやvon Braunになれる。宇宙ビジネスに賭ける起業家たちの精神性も、きっとこれに近いものがあるだろう。
Amazonサイトから引用
Christopher Columbusもvon Braunも人類史上に残る功績を遺した偉人である一方、ある側面では大災厄を招いた張本人という見方もあろう。しかし、テクノロジの発展も、得てしてそういうものだ。火薬の発明もインターネットの発明も、功罪の両面を備えているが、人類を何らかの意味で「前に進めた」ことは間違いない。
善悪が未分化の「狂気」こそ、イノベーションの種だ。それはロマンチックと危険の両方を孕んでいる。ロマンチックと危険の同居、まさに宇宙そのものではないか。
いずれにしろ、その「狂気」は、あるひとりの天才や、その彼が率いる野心的な民間団体にこそ宿っている。そしてロマンチックで危険なプロジェクトが、カギカッコ付きの「常識人」の集まりである政府が旗振りをして、うまくいった試しはない――気がするのだが、どうだろう。
政府主導の「宇宙ビジネス戦略」が、クールジャパンや地方創生やプレミアムフライデーの二の舞いにならないことを、切に祈りたい。
- 稲田豊史(いなだ・とよし)
- 編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。
著書に『ドラがたり――のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。
手がけた書籍は『ヤンキー経済消費の主役・新保守層の正体』(原田曜平・著/幻冬舎)構成、『パリピ経済パーティーピープルが市場を動かす』(原田曜平・著/新潮社)構成、評論誌『PLANETSVol.9』(第二次惑星開発委員会)共同編集、『あまちゃんメモリーズ』(文芸春秋)共同編集、『ヤンキーマンガガイドブック』(DUBOOKS)企画・編集、『押井言論 2012-2015』(押井守・著/サイゾー)編集など。 「サイゾー」「SPA!」ほかで執筆中。(詳細)