第4回:要件定義で業務をシンプル化するポイント--要求の優先順位を決定する - (page 4)

山本英明 (IPA/SEC技術研究員)

2017-08-04 07:00

作り直した「概略業務フロー図」
顧客の要求と実現したいサービスレベルを加味して作り直した「概略業務フロー図」(出典:IPA/SEC)

 千石君が見直した結果、上図のようなフローに変更となりました。主な変更箇所は、発注のステータスです。最初は「仮発注」という状態で注文を受け付け、後日に納期をメールで回答します。そして、その納期で問題がないかどうかを顧客が決定してから購入手続きを行い、最終的な注文が確定するのです。

 さらに「コラボ商品の拡充」も含めた全ての要求をもとに、候補として考えていたパッケージとのフィット&ギャップ分析も実施しました。その結果、8割以上は適合機能、もしくはカスタマイズ機能で実現できるため、かねて目星を付けていた当該パッケージを選択する方針を固めました。なお、巣鴨課長のアドバイスどおり、ギャップ部分は「運用対処」として整理しています。

「フィット&ギャップ分析」を実施した後の要求一覧
「フィット&ギャップ分析」を実施した後の要求一覧(出典:IPA/SEC)

千石君:課長、「ステークホルダーの主要な要求の一覧表」を整理し直してみました。

巣鴨課長:どれどれ、うまく整理できてるね。新システムの「コラボ商品の拡充」という新たなサービスの提供と、現行業務を踏襲する折衷案のバランスが絶妙だ。業務全体がシンプルになって、スモールスタートとしてよい案だと思う。でも、これで一段落とはいかないぞ。

千石君:えっ? パッケージのフィット&ギャップ分析まですれば、あとは開発ですよね。

巣鴨課長:千石君は褒めると前のめりになるね。いいかい、これまでの作業は業務要件を対象にしていただけだ。今後は、「業務要件をいかにシステムとして実現するか」にフォーカスしてシステム要件を整理する必要がある。

 開発はシステム開発部門だけがするんじゃない。ステークホルダーや一緒に開発を進める外部のベンダーさんともコミュニケーションして、開発と運用の観点も含めて、最終的な判断をすることが大切だ。

千石君:はい。むしろこれからが本番ですね。システム要件は業務要件と比べると難しくて、自分が判断できるのか不安です。

巣鴨課長:ここまでだって(紆余曲折しながら)進んできたんだ。大丈夫だよ。このあとは選択したパッケージのフィット&ギャップ分析の結果から、ギャップへの対応方法、対応費用を概算して、今回対応する範囲を決定する。それで投資回収計画が、最初の想定の範囲に収まっているか確認していこうじゃないか。

千石君:実現したい機能を考えてるときって予算を忘れますよね。

巣鴨課長:それは問題だな。今回は予算の大枠もカットオーバー時期も約束している。要件定義の終了時に見直し結果を報告することになっているけど、相応の理由がないと予算超過は簡単に認められないよ。これからのプロセスは、毎回そろばんをはじきながら進めていくからね。

千石君:巣鴨課長はそろばんで金勘定しているんですか?

巣鴨課長:無駄口叩いていると、そろばんの上に正座させるよ。いいかい、次からの流れはこうだ。

  1. ギャップ部分の追加開発の要件を確定する(フィット&ギャップ分析したときに想定した機能から膨らまないように現場の期待値をコントロール)
  2. パッケージが動作する環境の要件(非機能要件)を定義する
  3. パッケージ費用、カスタマイズ(オプション機能に追加開発)で対応する機能、ギャップ部分の機能の確定と開発費用の概算を出す
  4. 非機能要件を実現するために必要な費用の概算を出す
  5. パッケージ保守費、運用環境の維持費などの概算を出す
  6. 広告宣伝費やオペレーターの教育、マニュアル作成など付帯する作業の洗い出しと費用、期間の概算を出す
  7. このパッケージで計画を達成できるか振り返る

千石君:「概算を出す」ばっかりですね。

巣鴨課長:当たり前だろう。この段階で「投資回収の見込みなし」と経営層が判断して中止になるプロジェクトはいくらだってあるからね。

千石君:はい。どのようにすれば経営層に納得してもらえるでしょうか。

巣鴨課長:心配する必要ないよ。ポイントは、裏のコミュニケーションだ。

千石君:裏って、業務時間外になんかこう……接待とかですか。僕の立場では接待費を申請できないんですけど。

巣鴨課長:発想が唐突だね。そうじゃなくて、日々のコミュニケーションを密にして「誰が何を知っているのか」「特定の案件でキーパーソンになる人は誰か」「誰に何を相談すればいいのか」を把握することだ。

 そして、それぞれにヒアリングした情報を自分なりに理解して、第三者にきちんと説明できるようにすること。早い話がステークホルダーと「気軽に話が聞ける関係」を構築することだ。

千石君:頑張ります。

巣鴨課長:心強い。でも、無理はしないでね。毎月100時間残業されたらそれだけで予算超過だよ。

千石君:超過分は僕が売りまくって返済します。

巣鴨課長:その言葉、議事録にしとくから。

●要件定義に悩むユーザー企業担当者必携の一冊
ユーザのための要件定義ガイド ~要求を明確にするための勘どころ~

ユーザのための要件定義ガイド(1574円+税)
ユーザのための要件定義ガイド(1574円+税)

 要件定義についてもっと詳しく知りたい人は、IPA/SEC編の『ユーザのための要件定義ガイド ~要求を明確にするための勘どころ~』を入手してほしい。

 本書は、主にユーザー企業でITシステムの要件定義を実施する読者を対象に、要件定義において発生する問題と、その解決方法をまとめたガイドブックだ。

 システム開発で発生する問題の半分は、「要件定義」の不備に起因していると言われている。要件定義の不備は、工程が進めば進むほど修正に多大な労力が必要となる。要件定義を行う課程では、明確な目標の設定、膨らむ要求のコントロール、業務の複雑性の軽減、多様なステークホルダーとの合意など、さまざまな課題に直面する。これらを適切に対応すれば、「工程進行後に多大な修正が発生する」といった問題の発生を抑制できる。

 本書では、こうした問題について、熟練した有識者がこれまでのプロジェクト経験から「ありがちな間違いとその解決策の勘どころ」を、具体例を挙げて分かりやすく解説している。

 本書は一般書店にて、1574円(税別)で販売しているほか、IPA/SECのサイトからもPDF版を無償でダウンロードできる。本連載と対応させながら、ぜひ読んでほしい。

山本 英明

情報処理推進機構 技術本部ソフトウェア高信頼化センター システムグループ 研究員

>山本英明氏

1992年、NTTデータに入社。金融システム事業本部で金融機関への企画提案やシステム開発に携わる。2014年に、技術開発本部へ異動後、レガシーモダナイゼーションに関する研究開発を行い、2016年から現職。

IPA/SECではシステム構築上流工程強化部会およびシステム化要求WG、モダナイゼーションWGの事務局を担当。『ユーザのための要件定義ガイド』と『システム再構築を成功に導くユーザガイド』の発行に携わる。

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