「情報」のインターネットから「価値」のインターネットへ
人々がつながり、発信し、共有することによってしか実現されないインターネット第2四半期にふさわしい新しい世界の仕組み……。筆者はそれこそが前回の原稿にも書いた「ブロックチェーン」であり、「ブロックチェーン」にこそ「つながり、発信し、共有すること」を肯定しながら、新しいネットワークの理想形を再探求できる契機が内包されているのではないかと考えている。
「ブロックチェーン」の可能性に言及した書物や記事には必ず、「これまでのインターネットは結局のところ中央集権型のネットワーク構造を脱し切れていなかった。しかし、ブロックチェーンは本当の意味での自律分散型ネットワークなのだ」という謳い文句が掲げられているが、そうした認識は決して間違ってはいないものの、どことなくインターネット黎明期に喧伝されたヴィジョンへの楽天的なノスタルジーが漂っている。まだまだ現実化されていない可能性を多分に含んだ「ブロックチェーン」に対しては、もっともっと多様な角度からの考察が必要だろう。
ひたすら膨張し、ひたすら拡充し続けることでさまざまな価値を転覆させてきた「インターネット第1四半期」を通過し、私たちはいま、膨張/拡充によって犠牲にしてきたプライバシーやアイデンティティーを、今度は膨張/拡充によって保証できる技術の次元=「インターネット第2四半期」に突入したと言っていい。
これまで背反する要素と考えられていた「公開」と「秘匿」がその極点の狭間で劇的な融合を遂げるテクノロジ……。それこそが「ブロックチェーン」であり、「インターネット第2四半期」には従来のレベルをはるかに超えた大きな価値が崩壊する。
以前にも一度紹介したことがあるユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史 文明の構造と人間の幸福』(河出書房新社刊)から今回は別の個所を引用してみよう。
近代国家にせよ、中世の教会組織にせよ、古代の都市にせよ、人間の大規模な協力体制は何であれ、人々の集合的想像の中にのみ存在する共通の神話に根差している。(中略)
とはいえこれらのうち、人々が創作して語り合う物語の外に存在しているものは一つとしてない。宇宙に神は一人もおらず、人類の共通の想像の中以外には、国民も、お金も、人権も、法律も、正義も存在しない。
「原始的な人々」は死者の霊や精霊の存在を信じ、満月の晩には毎度集まって焚き火の周りでいっしょに踊り、それによって社会秩序を強固にしていることを、私たちは簡単に理解できる。だが、現代の制度がそれとまったく同じ基盤に依って機能していることを、私たちは十分理解できていない。
ホモ・サピエンスが他のホモ属を駆逐できた最強の武器……、それは人々を結束させ強固な集団を形成するための「虚構」の創造能力である。「インターネット第2四半期」における「ブロックチェーン」は、「インターネット第1四半期」にはぼんやりとした疑問符しか提示できなかった「貨幣」や「信用」といった「虚構」、そして、それらを長らく担保してきた巨大な「組織」といったものを本格的に動揺させるだろう。
ドン・タプスコット&アレックス・タプスコットが『ブロックチェーン・レボリューション――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか』(ダイヤモンド社)の中で記した一文が、こうした世界の変容を的確に表現している。
「インターネット第1四半期」と「インターネット第2四半期」との差異は、情報の「量的な増大」に伴う情報の「質的な変化」がその中核なのである。
従来の「情報のインターネット」に対して、ブロックチェーンは「価値とお金のインターネット」だと言えるだろう。
「ブロックチェーン」によって切り拓かれる「FinTech」の地平を鮮やかに描き出したドン・タプスコット&アレックス・タプスコットによる『ブロックチェーン・レボリューション
- 高橋幸治
- 編集者/文筆家/メディアプランナー/クリエイティブディレクター。1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・バブリッシング刊)がある。