「住まいを購入するまでのプロセスは、システム開発における要件定義とよく似ている」をコンセプトに、要件定義のプロセスを解説する本連載。5回目は「まとめに取り掛かるプロセス」に注目する。現場からの要求は無限に膨らむが、予算と期間は有限だ。さらに言えば、要件定義内容を固めたところで、新システムへの投資は当初のもくろみ通り回収できなければ事業としては失敗である。実は、そこが一番の問題なのだ。
家づくり編:決断か白紙か--予算の課題をどう突破する
前回、家の内装で激しい議論を重ねた千石夫妻。理想のマイホームと現実の予算との間には、まだまだ深い溝があるようです。そんな折、エステート本駒込の白山さんから連絡がありました。
千石君:今日、白山さんから連絡があってね。契約するかどうかを明後日までに決定してほしいって言うんだよ。
千石夫人:今頃どうしたの? 契約するつもりで話が進んでいたんじゃなかったの。
千石君:こっちはそのつもりなんだけど、きちんと契約書を交わしたわけじゃないし、手付金も払ってないよね。白山さんによると、あの分譲地を買いたいって人が現れたんだって。しかも即金で。
今のところ白山さんは即金さんに対して待ったを掛けてくれているんだけど、あちらもビジネスだからね。購入する意思があるなら着手金の入金をお願いしたいということなんだ。
千石夫人:着手金っていくらぐらいなの。
千石君:家を建てるときには、工事着手時に3分の1、中間(上棟)時に3分の1、完成引渡時に残り3分の1を支払うのが一般的なんだって。ただし、うちはまだ細かい内容が詰まっていなくて総額が確定しないから、とりあえず購入の意志を表す意味で概算総額の5%程度の金額を着手金として入金してほしいと言われている。
千石夫人:それ払ったらどうなるの。
千石君:もう後戻りできない。「やっぱりやめた」になっても、ほとんどの場合は1円も戻ってこないよ。
千石夫人:じゃあ、もう決めるしかないわね。
千石君:でも、銀行ローンだってまだ準備ができてない。それに、僕たち二人の希望を全て実現しようとしたら予算オーバーだよ。どうするの?
千石夫人:分かった。話を最初から整理して、課題を見える化しましょう。
千石夫人は前回整理した間取りの決定理由の記録をもとに、住環境、建物の外観、間取り、各部屋の内装や調度などをリストアップし、決定事項、未決事項、未決事項の要因、双方の主張、想定される費用などを書き出しました。千石君はただ見ているだけです。
千石君:すごいね。どこでこんな知識を得たの? これは「フィット&ギャップ分析」って言うんだ。今、僕も仕事でやっててね……。
千石夫人:用語なんてどうでもいいの。難しい名前を付けて悦に入ってるのは専門家の悪い癖ね。口より先に手を動かしなさいよ。
千石君:ど、どうもすみません。
千石夫人:さて、こうやって一覧表にしてみるとギャップばっかりね。
千石君:君の要求はほぼ全部入っているよね。
千石夫人:あなたの譲れない部分だって全て盛り込でいるでしょ。要するに予算が足りないのよ。いっそ白紙に戻したい気分だわ。
妥協して二人の希望を削った家で不満を持ちながら暮らしたり、無理な返済計画を立てて重荷を背負って暮らしたりするぐらいなら、一度見直した方がいいわよ。
千石君:じゃあ、どこから見直すの? 「文京区の一戸建て」から?
千石夫人:個別の要件にとらわれ過ぎると全体を見失うわ。どこでどういう暮らしがしたくて家を建てようとしていたのか、もう一度思い出してみましょうよ。「これが叶えられなければ家を建てても意味がない」ってくらい重要なものって何かしら?
千石君:真っ赤なバラと白いパンジーかな。
千石夫人:それはマストね。でも「譲れない要件」「最重要な要件」だと思い込んでいたことも、視点を変えるとそれほどのこともなかったってことはよくあるわ。
千石君:その通りだね。じゃあ一覧表を見ながら「僕たちの暮らしに何が必要なのか」を軸に、各要件の妥当性やその効果、必要性や実現費用、後々の維持費用を評価しながらスコアリングしていこう。フィット&ギャップ分析でこの作業は必要不可欠だからね。僕は会社でも…。