第5回:要求は膨らみ、計画は狂う--要件定義の妥当性を評価する - (page 4)

村岡恭昭 (IPA/SEC技術研究員)

2017-09-04 07:00

巣鴨課長:おっと、そこは君の領分だ。自分で考えてみようか。きっと打開策はあるはずだ。

千石君:なかったらクビが飛びます。

巣鴨課長:そんな大げさに考える必要はないよ。じゃあ、1つだけヒントを出そう。要件定義した結果に現場を巻き込もう。この内容じゃ投資に見合うだけの回収は約束できないってことになったら、その計画は見直すことだね。

千石君:現場を味方に付けるんですね。

巣鴨課長:敵味方の話じゃないよ(笑)。現場が効果に自信が持てない施策にはどこか無理がある。逆に現場が「これならいけます!」って言ってくれたら、それは自信持って進めるべきだ。

千石君:分かりました。

巣鴨課長:ただ、1つだけ注意してほしいことがある。これは絶対守ってくれ。どうしても計画を通したいからって、エンピツは舐めるんじゃないよ。

千石君:舐めないですよ。おいしくないし。

巣鴨課長:ここはマジメに行こうか。いいかい、「エンピツ舐めるな」ってのは、自分でも「達成できないだろうな」と感じている数字(予算)で計画を無理やり通すなってことだ。

千石君:それ業界用語ですか? それとも昭和の流行語ですか?

巣鴨課長:ふざけている場合じゃないよ。仮に投資金額を過少に見積もったとしよう。当然、開発途中で予算オーバーになるけど、もう開発は止められない。経営層は嫌々ながら追加費用を認めて完成ってことになるが、要件定義の責任者に対する評価は地に落ちる。

千石君:もうこの仕事はやらせてもらえなくなりますね。

巣鴨課長:回収計画を過大に見積るのも同罪だ。システムは完成したが、計画通りに投資を回収できない。投資を回収できないってことは、会社は不良債権を足かせにビジネスを継続することになるってことだ。そうなると、この先ほかにもっと有効な投資案が提出されても、もう慎重にならざるを得ない。経営そのものに影響することだってある。

千石君:どっちも今の僕が直面している状況そのものじゃないですか。

巣鴨課長:千石君はそうなる前に気が付いたんだ。自信を持っていいよ。いいかい、投資対効果を正しく判断できる材料を経営層に提供することも、要件定義担当者の重要な役目だ。正直に見込みを報告するのは、要件定義の責任者である君の仕事だ。その計画の妥当性を評価し、「実行」か「中止」のどっちに明日があるのかを判断するのは経営者の仕事だよ。

千石君:ありがとうございます。今回はいろいろと焦ってしまいました。もう一度、要件定義の結果を見直してみます。もしかしたら、「これが実現しなければ新システムなど構築しても意味がない」と思い込んでいたことも、視点を変えると、なぜそんなに重要だと思っていたのか、それほどのこともなかった、と思えてくるかもしれませんしね。

巣鴨課長:いいこと言うじゃないか。その調子で頼むよ、でももうそんなに時間は掛けられない。ゴールはもうすぐそこだ。

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村岡 恭昭

情報処理推進機構 技術本部ソフトウェア高信頼化センター システムグループ 研究員

>村岡恭昭氏

1983年、富士通入社。アプリケーションのコンバージョンやソフトウェアリエンジニアリングサービスの開発に携わる。また、パッケージ開発やシステム開発受託にプロジェクトマネージャーとして従事。

IPA/SECでは、重要インフラ分野のITシステムの障害事例からの教訓作成と共有の活動や、システム構築における上流工程強化に関する活動を担当。『情報処理システム高信頼化教訓集(ITサービス編)』『ユーザのための要件定義ガイド』の編纂にも携わる。

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