前項で挙げた1から5の全てに共通して有効なのは、職場のルールを守り、手順書に沿って業務を遂行することです。つまり、「ルールを破らない」ことが一番の抑止術なのです。 一方、管理者は体制や業務改善ばかりに目を向けがちですが、個人としてできることも実はたくさんあります。
現場を見ることで「観察力」を養い「信頼感」を築く
「仏の顔も三度」のことわざがあるように、管理者は部下による同じ失敗を三度まで受け入れる寛容さを持ちたいものです。「人間は間違えるものだ」という認識を職場内で共有し、ミスした当事者を責めない空気を作ることは、管理者にしかできません。また、感情的に怒ることのない冷静さ、冗談やダジャレには笑ってあげる余裕も必要です。
職場内を巡回するときは、意識してゆっくり歩いてみてください。部下一人ひとりに積極的に声を掛け、業務だけでなく体調についても気を配り観察していれば、業務の不調や体調不良で顔色が悪いことに気づくことができます。こうした積み重ねが信頼感を生み、そのうち部下の方から話しかけてくるようになり、病気や悩み、家族の心配ごとも打ち明けられるようになるのです。社員や職場のわずかな変化や違和感に気づくには、現場の日常を繰り返し見ることで「観察力」を養い、「信頼関係」を築くことが肝要です。
キーパーソンを知っていることも復元力の一つ
また、職場内の作業の流れ、人間関係、社員の特徴を知ることは、いざというときに大いに役立ちます。エラーが発生したときは、重大な不具合や事故にならないよう正常に戻す復元力が求められます。
例えばシステム障害の場合は、「エラーによる影響調査を優先するか」「一刻も早く正常な状態に戻すか」、迅速な判断が求められます。調査を優先すれば、重大な事故に陥る危険もあります。協議する時間も人員も限られた中で、難しい判断を強いられるわけですが、このとき管理者に必要なのは、判断力と決断力、そして社員の情報です。
職場観察で得た情報が「いま誰にどう指示すれば、上手くいくか」を教えてくれるのです。管理者は、その“誰か”に指示するだけです。後は社員同士で知恵と技能を集めて解決に向かいます。このキーパーソンを知っていることも復元力の一つと言えるでしょう。
「復元力」に着目してヒューマンエラーによる影響を抑止していく
このように、ヒューマンエラーの抑止には、新人、スタッフから管理者まで一人ひとりがミスをしないという固い意志を持ち、自分の仕事を確実に行うことが基本ですが、同時に組織としての対策も欠かせません。
次の第4章では、「作業内容とマニュアルの見直し」「教育・訓練」など、組織的な対策について解説します。
- 熱海 徹(あつみ とおる)
日本放送協会 情報システム局/ICT-ISAC事務局次長 - 1978年日本放送協会(NHK)入局。主に番組運行勤務、ハイビジョンスタジオ設備などの技術管理部門に従事。東京、仙台、山形の放送局を歴任し、山形局技術部長時代にはヒューマンエラー低減に向けた活動を展開し、放送人為事故の10年間無事故を達成した。2013年から情報システム局にて、主にネットワークの運用や情報セキュリティ対策グループの立ち上げ、部門統括を担当。2016年7月より、一般社団法人「ICT-ISAC-JPAN」に出向し、放送業界全体のセキュリティ対策を担当。セキュリティ関連の講演も数多く行っている。