小売業はECの出現から長く変革期にある。顧客データをどうやって活用するのか、優れたショッピング体験、エンゲージとはどのようなものかーー人工知能(AI)がこれらの課題解決を支援してくれるというのはSalesforce.comでIndustry Go To Market シニアディレクターを務めるDwight Moore氏だ。だが次の波も迫っているーー音声アシスタントを利用したショッピングの時代だ。
Salesforce.comでIndustry Go To Market シニアディレクターを務めるDwight Moore氏
ーー「Salesforce for Retail」として小売向けソリューションを提供しています。小売業界はどのような課題を抱えているのでしょうか?
小売業界は長く、大規模な変革期にある。”チャネルレス・リテール”の時代と言われているが、消費者はオンラインかオフラインかではなく、マルチチャネルで購入している。実際、われわれの調査では、81%のショッピングジャーニーが複数のチャネルを利用していることがわかった。この傾向が伝統的な小売業に深い影響を与えている。
物理的に店舗を構える小売は、今後も消費者にとって重要な存在であり続けるために、デジタルでの存在感を強化しなければならない。80%のショッピングがデジタルでスタートしている。消費者は何かを買おうと思った時、オンラインにいき、商品検索をしたり、Facebookをみて友人が何を言っているのかをチェックするなどの事前のリサーチをしている。
小売業の課題は、オンラインとオフラインの体験をインテリジェントに橋渡しできるか。Salesforceはここでソリューションがあり、これを利用して小売業はイノベーションができる。小売業の変革を支援している。
変革にあたっての取り組みは企業により異なる。マーケティングの「Marketing Cloud」からスタートするところもあれば、ウェブでの存在感が課題と感じているところはコマースの「Commerce Cloud」から、顧客サービスが課題と感じているところはサービスの「Service Cloud」から。小売業はさまざまなポイントからスタートできる。少しずつ拡大して、最終的にフルの機能を得ることができる。
Salesforce for Retailは複数の製品で構成されるブランドであり、小売業に対するわれわれの価値提案だ。アプリケーションの連携により、例えば、不満を持った顧客がメールするとサービス側でこの顧客のケースが作成され、マーケティングと接続されているので、問題が解決されるまでマーケティングキャンペーンから外す、などのことができる。サービス側でケースがクローズすると、「この度はサービスを利用いただきありがとうございました」として、より詳細情報を知らせるキャンペーンメールを送るなどのことが可能になる。
ーーAmazonがWhole Foodsを買収するなど、オンラインとオフラインの融合のような動きがあります。
2つの流れがある。既存の小売業がオンラインへ、オンラインが物理店舗へーー重要なのは、チャネルレス体験の提供だ。
中でも二つ目の流れについては、既存の小売業は、物理的な店舗があることは強みになると気が付き始めている。物理ストアはブランドのプレゼンスとなるからだ。メガネのオンライン販売でスタートしたWarby Parkerは、物理的なストアの展開を進めている。実際に、オンラインストアが物理店舗を開くと、単なるショールームであったとしてもその地域の売り上げが上がっている。
小売りが成功するためには、オンラインと物理店舗というバラバラのモデルではなく、両方を持つ1つのモデルが重要になっている。
われわれの顧客の例を紹介すると、オランダのSuitsupplyは2000年創業のメンズ向けスーツショップで、それまで物理店舗をいくつか持っていた。リーチを広げたいという課題を抱えており、2010年に「Commerce Cloud」(Demandware)を導入した。その結果、20種類のウェブサイトを通じて180カ国で顧客を獲得できた。オンラインでも物理店舗でも素晴らしいサービスを提供することが重要だと感じ、その後「Service Cloud」「Marketing Cloud」を導入、ソーシャルメディアで自社についてどんなことが言われているのかを把握し、ソーシャルを通じたエンゲージを強化し、問題があれば解決するようにした。
それだけでなく、購入の意図を示す”シグナル”が分かるようになった。潜在顧客の興味を引き出し、会話型のコマースにする。Facebook、WeChat、WhatsAppなどのソーシャルメディアやメッセンジャーで顧客とエンゲージし、画像イメージを送ったり、サイズなどの情報を会話の中で聞き、ウェブサイトに誘導することなくトランザクションにつなげる。在庫情報と連携し、リアルタイムの在庫状況を伝え、支払いのリンクを送るというやり方だ。
さらには、コンタクトセンターで得た顧客情報を、物理ストアにも拡張した。顧客が来店すると、店員はこれまでの購入履歴をはじめ、さまざまな情報を基にアドバイスができる。
Suitsupplyは、小売業の将来を体現していると言える。コールセンターとストアで同じ情報を土台に顧客とエンゲージし、コマース、サービス、マーケティングでコミュニケーションを管理する。次のステージとして、店舗での購入後にデジタルレシートを送り、価格や製品の画像とともに、ショッピング体験を評価できるようにしている。「素晴らしい」以外の評価は店舗のマネージャーに伝わる仕組みになっており、接客改善、スタッフのトレーニングに役立てることができる。
AIも重要なトレンドだ。顧客と意味ある形で結びつき、カスタマージャーニーを複数のタッチポイントで橋渡しし、最後にAIを使って製品レコメンデーションを行うことができる。AIはデータが増え、使い込むほど賢くなる。ある色のスーツを買った人に、それに合うネクタイやシャツを薦める、オンラインだけではなく店舗での体験にも拡大する。
これらを実現するには、顧客について単一のビューを持つこと。様々なチャネルを通じて得た情報を一箇所で管理する必要がある。Salesforceはそのためのアジャイルなプラットフォームを持っており、6週間毎に新しい機能を提供している。顧客の期待は常に変化しており、高くなっている。敏感な小売業は、どうやって新しい技術や機能を使って素晴らしい体験を提供できるかを考えている。
ーートレンドは? Amazon.comは米国で小売業にとって脅威なのですか?
マスからパーソナライズコミュニケーション。これを拡張性のある形で実現するのがAIだ。われわれは「Einstein」としてプッシュしている。
メールにパーソナライゼーションを取り入れると開封率が上がるし、クリックスルー率、コンバージョン率が上がることもわかっている。オンラインだけではなく、オフラインでも活用できる。
Amazon.comについては、米国の小売業はオンラインのマーケットプレイスとして活用している。米国では製品検索の55%がAmazon.comで行われており、ここに製品をおくことで自社製品を発見してもらえる。競合する部分もあるが、ビジネスのパートナーであり、自分たちの製品を潜在顧客に知ってもらうことができる場と見ている。
Salesforce.comはインテリジェントな広告を支援するDMP(Data Management Platform)技術を持っている。2016年に買収により獲得した技術で、小売業は自社の購入履歴などのデータをサードパーティのデータと組み合わせることで同じような好みやテイストを持つオーディエンスを見つけたり、ターゲットを絞り込んだメッセージを送ることができる。
ーーECの普及により、商品を配達する物流に負荷がかかっています。ECのインフラはまだ整備されていないようです。
小売業は現時点でのサプライチェーンを受け入れる必要がある。問題解決を図ろうとUberが配達したり、小売が配達業を抱える動きもある。
Salesforce.comはオーダー管理とEndless Aisleという機能を提供している。Endless Aisleは自社の小売組織内で物理的に店舗になくても、製造現場から運ばれるトラックにある、配送センターにある、など提供できる製品を全てチェックできる機能だ。在庫をより正確に可視化でき、店舗にやってきた顧客にちゃんとした情報を提供できる。
ーーAIでは、消費者向けのAIスピーカーにより音声によるコマースも実現しつつあります。
Einsteinを発表したのは2016年だが、今や”あれば良い”から”必須”機能に変わりつつある。小売にとっては、パーソナライズされたコミュニケーションやオファー、インテリジェントなレコメンが売り上げを改善するのだから、重要だ。
AIを自分たちでやるためにはデータサイエンティストを雇い、データモデル、アルゴリズムの開発と開発コストがかかる。我々はEinsteinでAIの民主化を図ってきた。2017年の米国の年末商戦では、インテリジェントな製品レコメンを行なった比率は6%、だがこれが売り上げの30%に貢献するという結果が得られている。靴のAldoは、メールでのパーソナライズによりメールからの売上高を70%改善させている。同時に送信するメールの件数は40%削減できた。余計なメールを送らず、意味のある形で効率よくコミュニケーションをとることができている。
このようにAIの効果は実証済みだ。Salesforce.comの顧客はこれらの機能を「オン」にするだけで良い。
AIスピーカーは、今後重要なユーザーインターフェイスになるだろう。クリックからタッチへとインターフェイスは変わってきたが、これからは音声だ。自然言語処理は重要な技術で、我々もここに投資している。
現在音声はAmazon、Google、Appleの3社がリードしており、ショッピングでの最初の音声インターフェイスになりつつある。小売業は今後、この3社とどうやって提携するのかを考える必要があるだろう。音声はこれまでのPC、モバイルとは異なり、返ってくる結果の数が少ない。自社製品が結果に入るにはどうすれば良いか。これは今後の課題と言えるだろう。ひょっとすると大きなパワーシフトが起こるかもしれない。