本連載「デジタル“失敗学”」では、金融分野のテクノロジや情報セキュリティの現場を渡り歩き続ける萩原栄幸氏が、日本企業が取り組むべき“デジタル変革”を失敗させないためのヒントを紹介します。
読者の皆さま、初めまして。「萩原栄幸」です。金融機関や一般企業でITや情報セキュリティ分野の顧問を本業に、セミナーの講演や研修の講師、各種メディアでの寄稿などもしています。この業界にどっぷり40年も浸かり、「失敗はしない」という言葉を発しながら、その仕事はお恥ずかしいくらい失敗の連続でした。その経験の中からランダムに事例を取り上げ、「なぜ失敗したのか?」「どういう教訓を残すべきか」という観点で解説していきたいと思います。
技術だけの先読みによる失敗?
私は以前、某金融機関システム部の先端技術の調査・研究を業とし、そこではさまざまな「企画書」「提案書」「稟議書」なる資料を作成していました。当時は技術者としてのプライドが高く、要は他人を理解する目線ではなく自己満足的な提案が多かったものでした。ですから、ほとんどの資料の内容が銀行マンの目線では理解できないものばかりでした。
その最たるものは、銀行本体のオンラインシステムの構築が完了してしばらくたったころの企画部門の担当調査役に提出したある提案書でした。
その内容は、「米国の動きを観察すると、PCで銀行業務が可能となる時代がすぐそばに来ている。しかもそれは、金融機関側だけでなく個人のお客さまがPCを操作し、さまざまな銀行業務(例えば、振り込みなど)ができる」――というものでした。
私は、自信満々にその企画書を担当調査役に手渡しましたが、信じられないことに調査役は私の企画書を3分ほど読み、資料を自席の横にあるゴミ箱にそのまま捨てて、痛烈な言葉を浴びせました。
「君は中途採用だから仕方がないかもしれない。だが、今の時代、個人でPCを持っている人はたぶん数%もいない。PCなんて、マニアックな人がゲームをするための道具でしかない! 金融の業務は極めて厳格なものだ。その処理は君(=筆者)が考えている以上に難しい。オンラインシステムのシステムエンジニアなら、その程度は常識のはずだろう」
これは、第3次オンラインのリリースが行われた昭和62年(1987年)10月のことでした。そのころ、日本の民間企業でPCを業務の一部として利用しているところは、少なくとも金融では全くありません。わずかに、研究目的で金融機関系のシンクタンクが使っていた程度だったのです。今では信じられないことですが、PCよりもワープロ(シャープの書院シリーズなどが多数)が全盛という時代であり、PCは「IBM 5500」やNECの「PC-98」シリーズが使われていました。
担当調査役の言葉にある程度は納得しましたが、やはり「そんなことだから金融マンは頭が固い、柔軟性がないといわれる」という気持ちが強く、何もゴミ箱に捨てることはないだろうと、悔しくて仕方ありませんでした。