「デジタル変革」のキーワードがあらゆる業種で語られるようになった昨今、さまざまな企業がデジタル変革で目指すべき具体的な姿を思い描いたり、あるいはその姿を形作るべくその方法の検討や実証を進めたりしている。中でもIoT(モノのインターネット)に代表される製造業は、デジタル変革による産業構造への影響を大きく受ける分野の一つだろう。
製造業の業務改革を支援するインドのHCL Technologiesは現在、コンシューマーエレクトロニクスや自動車、半導体、航空宇宙、医療、通信ネットワーク、オフィスオートメーションといった広範な産業分野に向けて、組み込みソフトウェア開発やハードウェア設計、プロダクトの研究開発などによる多様なソリューションを展開するほか、アナリティクスなどデジタル化も支援している。
同社でエンジニアリングおよびR&Dサービスを担当するプレジデントのG.H. Rao氏に、世界と日本の製造業におけるデジタル変革の実像や目指すべき姿へどう歩むべきかを聞いた。
「つながる」ことがもたらす意義
HCL Technologies エンジニアリングおよびR&Dサービス担当プレジデントのG.H. Rao氏
製造業の本質は、端的に言えば「モノを生み出す」ことにあるだろう。そこには、原材料の調達から部品を作り、部品を組み上げ、製品として市場に提供するまでの膨大なプロセスが介在する。加えて市場に提供した製品のアフターサービス(保守や修理などの顧客サポート)も不可欠である。Rao氏は、こうした一連のプロセスに介在するあらゆるものが“つながり”、新しい価値を生み出すことこそが製造業におけるデジタル変革の意義だと語る。
「“つながる”とは、あらゆる情報をあらゆる関係者がリアルタイムに共有、活用していくことによって新しいものを実現するという世界だ。製造業としては、サプライチェーン(原材料や部品の調達、製品の設計・加工・組み立て、出荷・販売などの流通、保守・メンテナンスなどが“つながる”概念)から製造ラインあるいは顧客のフィードバックといったあらゆる要素がつながることにより、生産性の向上や新たな顧客体験の提供、市場ニーズへの迅速な対応といったことが実現される」
しかしRao氏は、製造業のデジタル変革では“サイロ”の状態が大きなボトルネックになっていると指摘する。
例えば、製造ラインを見ても、ある製造装置の稼働状態をリアルタイムに監視して故障などのトラブル発生の兆候を把握し、未然に防ぐことで稼働率を向上させようといったデジタル変革の概念実証(Proof of Concept=PoC)が多数行われている。一方ではアフターサービスを改革しようと、センサを使って顧客先で稼働している製品の状態データをネットワーク経由で収集、分析し、問題が起きる前に修理などを行うといったPoCも進んでいる。
こうした各種の実験的な取り組みは、いずれもデジタル変革の具体像の一部ではあるが断片的でもあり、それらが“つながる”先まではまだ具現化されていない。そうした意味で、製造業のデジタル変革の取り組みがサイロの中で止まってしまうことになれば、Rao氏が説くような真のデジタル変革にたどり着けなくなってしまう恐れがある。
「デジタル変革には幾つかの側面がある。まず例えば、大量生産の製品で問題が起きた場合、サプライチェーンでの情報がつながっていなければ、問題の特定や原因の究明に膨大な時間と労力を費やすが、つながっていれば、納入パートナーのある部品の品質が原因だといったことがすぐに分かり、早く対応できる。また情報の活用から、これまで違う別のアプローチを見いだせたり、オンラインで新しい顧客体験を提供したりといったことも実現し、顧客満足度を高めていける。こうしたステップを進めていくことが肝心だ」