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日本株展望

平成の30年=「失われた20年」+「復活の10年」--次の10年は?

ZDNet Japan Staff

2018-12-11 10:04

 本記事は楽天証券が提供する「トウシル」の「TOP 3分でわかる!今日の投資戦略」からの転載です。

今日のポイント

  1. バブル崩壊から始まった「平成」
  2. 構造改革の成果が結実、平成の締めくくりは「復活の10年」に
  3. 次は「飛躍の10年」に:ただし、世界景気減速が予測される2019年前半は要注意

 これら3点について、楽天証券経済研究所長兼チーフストラテジストの窪田真之氏の見解を紹介する。

 2018年も残りわずか。平成最後の年に当たり、日本株市場の大きな流れを振り返り、次の10年を展望する。

バブル崩壊から始まった「平成」

 平成元年(1989年)は、日経平均が史上最高値(3万8915円)をつけた年である。まさに「バブル崩壊」「失われた10年」といわれる1990年代がスタートしたところだった。

平成の日経平均推移:1988年12月末~2018年12月10日

平成の日経平均推移:1988年12月末~2018年12月10日
出所:楽天証券経済研究所が作成

 1990年代は、日本の金融機関が不良債権を抱えて苦しんだ時期である。1997年、東京三菱銀行は不良債権のバルクセールを始めた。それが日本の金融危機の序章だった。不良債権処理に踏み切る体力が残っていた銀行は生き残る。ところが、「いつか不動産や株はまた元に戻る」と期待して処理を先送りしていた金融機関が、この後ばたばた破綻することになる。

 「社員は悪くありません」と、涙ながらに山一證券社長が破綻を報告するのはその翌年。含み損を抱えた株式を隠していたのが表面化したことが破綻の原因だ。経営者が株価の戻りを期待して損失計上を先送りしているうちに、どんどん損失が拡大した。

 続いて、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行など大手金融機関が破綻する。不動産融資にのめり込んだまま、経営陣の対応が遅れたツケが出た。その後、不動産・建設・金融などで上場企業の破綻が続いた。

 日本の金融機関が不良債権の処理を終え、金融危機を脱するのは2003年である。りそな銀行に公的資金が入ったところで金融システム不安は解消した。

 1998年から2005年まで、日本企業は生き残りを賭けた「合併・リストラ」「構造改革」を実施した。その成果で2003年から2007年まで日本企業の復活が続いた。「ようやく失われた10年を脱した」と言われた。

 ところが、それは甘い期待だった。2006年から「構造改革疲れ」という言葉がブームになり、合併破談・買収防衛策の導入が相次いだ。

 その頃から少子高齢化が一段と進み、内需企業が疲弊してきた。さらに、力をつけたアジア企業(韓国・台湾・中国)が、エレクトロニクス産業で日本企業を追い詰めるようになった。2008年にリーマンショックが起こると、日経平均は再び、大きく下がり、バブル崩壊後の安値を更新した。平成が始まってからリーマンショックに苦しむ平成20年まで、日本は「失われた20年」を経験したと言われた。

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