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5年でほぼ全システムの基盤をAWSに移行したAGCの“クラウドジャーニー”

國谷武史 (編集部)

2018-12-20 06:00

 AGC(旧称:旭硝子)は、2014年からSAP ERPを含む140以上のシステムの基盤をAmazon Web Services(AWS)に順次移行させ、2018年11月に完了した。同社の情報システム部が12月19日に記者会見に臨み、5年近くに及んだパブリッククラウドへのシステム基盤移行の道のり(クラウドジャーニー)を振り返った。

 1907年創業のAGCは、産業用ガラス製品や化学製品などを手掛ける。特に自動車用ガラスは、2013年に世界シェアトップ(2013年・経済産業省推計)となるなど、グローバルに事業を展開している。

 システム基盤のクラウド化は、2014年2月にスタートした。グローバルITリーダー 情報システム部長で理学博士の伊藤肇氏によれば、同年8月までの6カ月をかけてコスト、事業継続性、システムのライフサイクル、ITガバナンスの4つの点から移行施策の内容を検討した。背景にはオンプレミス中心の基盤運用にかかわるコスト、ハードウェア更改に伴う各種負荷、2011年に発生した東日本大震災に伴う事業継続計画(BCP)の体制強化、30カ国・210社にわたるグループ企業のIT環境の標準化など、多くの課題を抱えていたという。

AGCにおける5年に及んだAWS移行の“クラウドジャーニー”
AGCにおける5年に及んだAWS移行の“クラウドジャーニー”

 検討時において、まずコスト面ではAWSとMicrosoft Azure、通信事業者系サービスの費用をパイロットシステムで検証し、全社展開した場合の削減額を推計した。折しも2014年3月26日に、AWSがEC2などのサービス利用料を20%強~60%近く値下げ(※注:サービスや利用形態により異なった)すると発表したタイミングで、「この発表のインパクトは大きく、オンプレミスでサーバを使い続けるよりも安価になるのが明白だった」(電子・基盤技術グループ マネージャーの大木浩司氏)

 BCPの強化策では、データセンターの増設を検討したものの、数十億円規模の設備投資が予想され、事実上不可能との結論に至った。「東日本大震災の被害事例を見ても、倒壊したサーバラックを再調達したり、システムを再構築したりしなければならず、そこからテープバックアップをもとにリカバリしても復旧に数カ月がかかってしまう。当時は金曜日の夜間にスナップショットを確保する運用だったため、東日本大震災のケースなら、リカバリできるデータは1週間前のものだった」(大木氏)

 システムのライフサイクルでも、5~6年ごとに実施する基盤ハードウェアの更改作業が大きな負担だった。年間でも多数のシステム基盤を入れ替えなければならず、ハードウェアに依存し続ける限りその作業が永久的に続く。クラウド化は「まさに“地獄”から解放されるようなもの」(大木氏)だった。

 この検討で特に懸念されたのは、セキュリティやITガバナンスの確保だったという。2014年時点で同社のような大手企業が基幹系システムをパブリッククラウドへ移行させた事例は、国内には皆無。そこで多面的に評価した。

 「まず当社事業に関係する10種類の法令などを確認したが、クラウド環境にデータを保管してはいけないという規制は見つからなかった。内部統制関連でも260項目でリスクを評価したが特に問題となるような点は見つからず、71の項目は監査が当社からAWSに切り替わることで負担が軽減された。セキュリティ上の問題も発生していない点を評価した」(大木氏)

 こうした検討を経て、2014年8月にシステム基盤のオンプレミスからAWSへの移行を決断した。

SAPシステムの稼働成功で自信

 AGCでは2015年6月に、まずIRM(Information Rights Management)ソリューションに関するシステム基盤がAWS環境で稼働を始めた。移行規模はスモールスタートだったが、翌2016年の1月に最初のSAPシステムを移行させ、同5月に売り上げの3分の1近くを占めるビル/産業ガラス部門のSAPシステムの移行(通称「EBISUプロジェクト」)を実施する。

 「このシステムのSAPS値(SAPシステムでの典型的な処理パターンに基づくサイジングの指標)は4万以上で、恐らく国内ユーザーでも大きな方だと思われる。この規模がクラウド環境で稼働するのか不安だったが、ほとんど問題が発生せずに成功し、大きな自信につながった」(大木氏)

 大木氏によれば、基盤をクラウドに移行したことで、必要に応じてサーバを利用する“柔軟性”が運用コストにも明確なメリットをもたらした。現在に至るまで多少の変動はあるものの、コストの推移は予算の範囲に収まっている。「オンプレミスのように事前にリソースを確保せずとも、インスタンスのオン・オフだけで調整でき、高性能な最新のインスタンスも安価に利用できることや、直近ではリザーブドインスタンスでよりコストを低減できるようにもなるなど、能動的にコントロールできる点が大きい」(大木氏)

全社の重要な事業を支えるSAPシステムでのコスト推移。調達リソースを積極的にコントロールすることで、コストの上昇を抑えている
全社の重要な事業を支えるSAPシステムでのコスト推移。調達リソースを積極的にコントロールすることで、コストの上昇を抑えている

 特に主要なSAPシステムのコストは、2015年第4四半期と比較して2018年第3四半期では総額42.8%減となった。AWSへの移行に伴って自社データセンターも順次縮小させており、この点でも64%のコスト削減を実現しているという。

AWS利用コストのコントロールとデータセンターの縮小による全体的なコスト削減でも実績を出している
AWS利用コストのコントロールとデータセンターの縮小による全体的なコスト削減でも実績を出している

 以降は、AWSに移行するシステムの数を段階的に増やし、2018年1月には600以上のインスタンスで100システム以上が稼働。同年8月にSAPシステムの基盤の切り替えを終え、11月にSAP以外のシステムも完了した。12月18日時点ではAWS上で142システムが稼働している。

情シス部門の文化も変わった

 AWSへの移行プロジェクトにおいて主要な検討課題の1つだったBCPの強化も、AWSのアベイラビリティゾーン内の待機系環境をバックアップに活用することで、1日以内という目標復旧時間(RTO)を達成する。ここでは、データセンターを中心にグループ各社が接続するネットワークの構成を大きく変更し、国内の東西2カ所に設置したWANのセンターに各事業拠点やAWS、データセンター、SaaSなどが接続する構成としている。

基盤移行に伴い基幹ネットワークの構成も大きく変え、事業継続性とシステム利用での柔軟性を向上させた
基盤移行に伴い基幹ネットワークの構成も大きく変え、事業継続性とシステム利用での柔軟性を向上させた

 「従来の構成では、AWSでバックアップを用意していても、ネットワークの中心のデータセンターが被災すれば、アクセスできなくなることが“脆弱性”だった。東西2カ所にネットワークセンターを設けたことで、災害時にアクセスの冗長性を確保でき、新しいサービスやシステムの追加も容易になった」(デジタル・イノベーショングループ プロフェッショナルの三堀眞美氏)

 また、基盤の移行作業と並行して情報システム部では、社内の各部門がAWS環境を容易に利用できるためのサービス「ALCHEMY」を2016年11月に開始した。事業部門などが新規システムをAWSで構築したい場合、内部のポータルから申請するだけで5営業日以内に利用を始められる。ここではEC2やElastic Block Store(EBS)、S3、RDSなど7種類のサービス利用を許可している。

 大木氏は、「以前のオンプレミスならハードウェアの調達や構築、設定作業なども必要で、申請から提供までに2カ月近くを要した。ALCHEMYでは、AWSなどの技術に詳しくない社内ユーザーが手続きだけですぐにサービスを使えるよう機能を標準化している。一方でセキュリティの観点からウェブサーバといった用途は制限しており、スピードの利便性とリスクのバランスを確保している」(大木氏)

 なお、ALCHEMYでは対応が難しい用途のシステムに関するサービスは「Chronos」として、情報システム部が対応する。このような社内ITサービスの仕組みを整えたことにより、情報システム部が所管するシステム領域は、従来の事務系中心から製造・生産系にも拡大。社内ユーザーが増え、情報システム部の人員リソースでは対応が間に合わなくなったことから、社内向けのAWS資格制度を創設。社内研修を通じて資格取得者を増やす取り組みも進める。

従来の「事務系・支えのIT」領域から「攻めのIT」領域に拡大
従来の「事務系・支えのIT」領域から「攻めのIT」領域に拡大

 伊藤氏は、5年に及んだAWSへの基盤移行プロジェクトが、AGC 情報システム部にとって貴重な経験となっただけではなく、情報システム部がAGCグループ全体の「攻めのIT活用」をリードする存在として、部門の“文化”が大きく変わったと総括する。基盤移行は、あくまで攻めのITにシフトするための“準備”であり、「特にChronosのサービス領域は攻めのビジネスを担うので、詳しい利用は明かせない」(大木氏)や、「データレイクや機械学習といったビジネスをリードするプラットフォームも構築していきたい」(三堀氏)と、AGCグループ全体のビジネスに貢献するITを実現していくスタートに立ったところだ。

 さらに、同社が利用するSAP ERPのシステムは、2025年にサポートが終了する。伊藤氏は、「対応策の本格的な検討はこれからだが、少なくともハードウェアやオンプレミスの制約から解放されたことで対応に時間を割けるようになり、選択肢も広がったといえる」と話す。

AGC 情報システム部の大木氏、伊藤氏、三堀氏(左から)
AGC 情報システム部の大木氏、伊藤氏、三堀氏(左から)

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