IT×芸術論:芸術を通してITの未来を考える

スティーブ・ジョブズになれなかったチャールズ・マンソン

高橋幸治

2018-12-24 07:00

若者たちはなぜManson率いる「ファミリー」に参加したのか?

 2017年11月19日、米国カリフォルニア州で一人の年老いた犯罪者が死亡した。殺人鬼と称されるその男の名をCharles Mansonという。終身刑にて服役中、83歳であった。日本でも幾つかのメディアが彼の死を報じたけれども、さほど大きな扱いではなく、もはやMansonの存在とその事件、そして彼が率いた「ファミリー」というカルト集団は時代の彼方に忘れ去られてしまったかのようである。

 もちろん筆者も1960年代後半を舞台にしたMansonにまつわるもろもろをリアルタイムで見聞きしたわけではないし、特別に彼の研究をしているわけでもないから偉そうなことは言えないが、なぜMansonのもとに数多くの若者たちがまるで吸い寄せられるように集まったのか、そして、妊娠8カ月だった女優Sharon Tateの惨殺事件のような凶行に走ったのかについて、いわく言い難い興味と関心を常に抱いていた。

 言うまでもなく複数の人間をあやめた犯罪者を崇拝したり擁護するつもりはさらさらないものの、やはり、カルト集団「ファミリー」の指導者だったMansonには、人を引き付けてやまないある種のカリスマ性があったのだろう。周知のこととは思うがミュージシャンであるMarilyn Mansonはその名をMarilyn MonroeとCharles Mansonから取っている。

 Manson(Charlesの方)もシンガーおよびソングライターとしての顔を持っており、『Lie:The Love and Terror Cult』というアルバムを発表している。その中に収められた『Look At Your Game, Girl』という曲などは凶悪犯の手になるものとは思えないようなはかなさともろさをたたえ、不思議な透明感に満ちたなんとも美しい楽曲である。YouTubeにMansonの作品が幾つかアップされているので、ぜひ一度聴いてみてほしい。

 「ファミリー」に参加した当時の若者たちは、果たして、Charles Mansonの何に魅了され、彼とともに生活し、放浪し、命令されるがままに殺人まで犯したのか…? もちろん時代はヒッピームーブメント華やかなりし1960年代後半であるから、マリファナやLSDなどの幻覚剤を利用した集団的な洗脳が行われていただろうし、そこから既存道徳に対する歪んだ嫌悪や憎悪が肥大化していったことは事実だろう。

 革命の季節に咲いた時代のあだ花として片付けてしまえばそれまでかもしれないが、身長160cmに満たない風采もパッとしない小男=Mansonが放った吸引力はやはり異常なレベルであったに違いない。Charles Mansonについての克明なルポルタージュ『ファミリー:シャロン・テート殺人事件』(上下巻、草思社文庫)の中で、著者のEd Sandersは以下のようにつづっている。

 チャーリーは、彼と会った人びとにとてつもない影響をあたえた。彼はあけっぴろげな性格だった。自分の個性の一部を相手のなかに植えつけてしまうという、おどろくべき才能の持ち主だった。相手の弱点をえぐりだすのもうまかった――弱点を押さえて相手を混乱させ、自分を指導者として崇めさせるようにしてしまうのだ。どんな事がらに対しても、饒舌な口調で、しかも口早に、ちょっと聞いただけでは理解しにくいような解答をあたえた。誰に対しても自分自身のことをなせ、自分自身であれと教えていたが、彼自身の個性的な吸引力は、つねに信奉者を集めようとする態度とともに、指導者に飢えていた人びとを惹きつけていった。解放を、自由を、と叫んでいたにもかかわらず、チャーリーはどんな場合に対処するときも、支配力ということを忘れなかった。

Mansonが影響を受けたハインラインのSF小説『異星の客』

 Charles Mansonは当時世界を席巻していたThe Beatlesにかなり傾倒しており、1968年にリリースされた通称『ホワイト・アルバム』の中に収められた『ヘルター・スケルター』という曲のタイトルを、彼が夢想する世界革命のための最終戦争の呼称としたことは有名である。ほかにも、Mansonは幾つかの芸術作品からさまざまな影響を受けていて、ある文学作品から非常に多くの啓示を得た。上述した『ファミリー』の中からその小説のことが書かれている部分を引用しよう。

 ファミリーを形成する理論付けの基礎の一助となった本には他にも、ロバート・ハインラインの『ストレンジャー。イン・ア・ストレンジ・ランド』がある。新しい宗教運動への改宗を勧めながら、押さえがたい性の渇きを抱きつつハレムの女性たちを従えて地上をさまよう、テレパシー能力と権力渇望を秘めた火星人の物語である。はじめは、マンソンはこの本から数多くの用語やアイディアを借用したが、幸いなることに、中に記述されている食人儀式は含まれていなかった。

 マンソンは物語の主人公、ヴァレンタイン・マイケル・スミスと自分を同一視していたふしがある(マンソンの最初の信奉者が生んだ子供は、ヴァレンタイン・マイケル・マンソンと命名されている)。物語の主人公は宗教活動を盛り上げていくなかで、敵を殺したり、〝分解〟したりする。この物語の中で、スミスは最終的には怒った群集になぐり殺されてしまう。

 Robert Heinleinによる『ストレンジャー・イン・ア・ストレンジ・ランド』は、翻訳された邦題を『異星の客』(創元SF文庫)という。文庫版で800ページに迫ろうかという大著であり、『夏への扉』(ハヤカワ文庫SF)と並ぶHeinleinの代表作である。

 物語は上記の紹介の中にもあるように、宇宙開発によって人類が進出した火星で生まれ育った男=ヴァレンタイン・マイケル・スミスが地球に送還されてくるものの、地球のものとは異なる言語で世界を把握する彼は、それ故に、まるで魔法のような能力を持っていた…というものだ。

 しかし、スミスは決して超能力者ではない。地球に住む人間からは「超」能力と見えるけれども、火星語で物事を認識し、思考するスミスにとってはごく普通の「能力」なのである。つまり、地球人が自らの言語によって「規定」した世界において発揮する能力はその言語によって「規制」されている。ところが、彼は火星語で外界の「規定」を行っているわけだから、地球人のような「規制」とは無縁なのである。だから、スミスは私たちとは異なるやり方で相手の意図をくんだり、物体の位置を動かしたりする。『異星の客』の中にはこんな一節がある。

 彼の思考には地球でのシンボルを使ったものはひとつもなかった。習いたての簡単な英会話は、トルコ人と商売するためにインド人が使う英語よりもらくではない。スミスは英語を、暗号書でも使うように苦労して、不完全な翻訳をして使うのだった。いまの彼の思考は、遠くはなれた異境の生物の五十万年の歳月から抽象されたもので、人間の経験からは翻訳できないくらいかけはなれているものなのだった。

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