岩手大学発ベンチャーのAISingは1月23日、スタンドアロン環境で自律学習も可能という機械制御に特化したエッジ向けAIチップ「AiiR」を発表した。独自の人工知能(AI)アルゴリズム「ディープ・バイナリ・ツリー(DBT)」を搭載しており、既存設備へ容易に実装できるという。
AISingが開発したエッジ向けAIチップ「AiiR」
同社は、早稲田大学で精密機械工学分野からディープラーニング技術を研究していた代表取締役CEO(最高経営責任者)の出澤純一氏と、CTO(最高技術責任者)で岩手大学 電気情報システム工学 准教授を務める金天海氏が2016年に設立した企業。機械制御とAIの双方に強みがあり、オムロンやデンソー、JR東日本などの大手各社と連携している。
AISing 代表取締役CEOの出澤純一氏
DBTは、組み込み機器などの機械制御に特化したデータに絞ることでリアルタイムな学習と予測を可能にするというアルゴリズム。同社ではDBTのSDK(開発環境)をSaaSで提供している。例えばDBTは、実勢販売価格が5ドル程度のRaspberry Pi ZERO上で実行しても学習には50~200マイクロ秒ほどで応答でき、推論では1~5マイクロ秒ほどで応答できる。「一定範囲の中で確実に応答することが機械制御にとって重要になる」(出澤氏)という。
今回開発したAiiRは、ARMベースのチップのTrustZoneにDBTを実装することにより、セキュリティ耐性を高めつつ、オフラインの制御対象機器の現場(エッジ)においてDBTを利用できるようにしたもの。これにより、個体差や経年劣化、環境変化などによって生じる機器の動作の補正などが可能になるという。
出澤氏によれば、ディープラーニングのAI技術は、パラメータの調整などに高度な知見や作業の手間がかかるといった課題がある。また、主にIT側で先行するディープラーニングの仕組みは、大量の学習データをクラウド環境の大規模な計算資源で処理する仕組みだが、マイクロ秒に近いほぼリアルタイムの処理性能が要求される機械制御では、ネットワークを介してクラウドと接続することによる遅延が大きな課題となっている。
クラウドを利用するAIは、現状では遅延によって超高速処理が要求される機械制御には適用しづらいという課題があり、エッジコンピューティングの仕組みが注目されている
このため同社は、ディープラーニングの抱える課題に対してDBTを開発。遅延の解消では、機器あるいは機器に近い場所で処理を行う「エッジコンピューティング」の仕組みが注目されており、クラウド環境並みの計算資源を確保することが難しいエッジでDBTを実行できるようAiiRを開発したという。出澤氏は、DBTとAiiRによって「AIの技術者が不要で、データを自律的に随時学習、予測しながら機器の動作補正などを実現する。チップ化することで既存設備への容易かつ安価な追加導入もできるようになる」と話す。
ディープラーニングとAISingが開発する独自アルゴリズム「DBT」の比較。DBTはさまざまなデータの学習や複雑な予測には向かないが、機械制御に特化したことで低コスト、リアルタイム性、追加学習などに強みがあるという
同社では十数社とDBTやAiiRの概念実証(PoC)も進める。例えばオムロンとは、電池のフィルムを生産するという巻き線機の蛇行制御機構に適用した。従来は、材料のつなぎ目やばらつきによって蛇行が生じ、10秒間に20メートルの材料のムダが発生していたという。実証では、学習データをもとに125マイクロ秒の制御周期ごとに「数十ミリ秒先の影響を予測」する制御を行うことで、材料のムダが3分の1に削減される効果が確認された。
オムロンとの実証における効果
この他にも、デンソーとは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援事業を通じてドローンのAI制御開発を進める。JR東日本とは、線路の融雪に使用する水の温度調整をAIで行うことで燃料コストの最適化を図ったり、列車の走行データから故障を予測したり取り組みでDBTの実証に取り組む。
AiiRの展開は、まずメーカーなどに貸し出し、さまざまな用途でのPoCを拡充させながら共同開発を進め、製品化によってライセンスを提供していくという。チップで採用するSoCも、当初はHighSiliconのKirin960を採用しているが、2019年中にXilinxのZINQ 7100もしくは同7020を採用したモデルを開発し、2020年以降にFPGA型の開発も計画している。
出澤氏は、将来構想として「エッジ環境のAiiRで制御される多数の機械からクラウド環境にデータを集約、分析して、予測データなど制御に貢献するフィードバックを機械に提供するような仕組みも用意し、メーカーなどの顧客にも利用してもらうようにしたい」と話す。
現在はアルゴリズムのエッジ展開にあるが、最終的にクラウド連携によるデータ利用の高付加価値化を構想している