元号が新しくなった。そのこと自体が社会や暮らしを直接変えるわけではないが、多くの人々が「新しい時代を迎えた」という気分や雰囲気を感じ、また「『平成』はどんな時代であったか」と過去30年ほどを一括りとして振り返る。そのように、人の思考や気分などにある種の「枠」を与えるのが、「名前を付ける」ことによる効果の一つである。
これはつまり、人々の体験(エクスペリエンス)に影響を及ぼすということである。すなわち、名前などの言葉の付け方や選び方などもユーザーエクスペリエンス(UX)を考える上でおろそかにできない。今回は、名前や言葉にまつわる事柄を考察する。
言葉の基本的な役割
言葉にはさまざまな役割があるが、その一つが「思考のための扱いやすい枠組みを与える」ということである。いろいろな物や概念を、その実物や映像的なイメージなどではなく、記号として扱えるようにすることで、思考をシンプルにすることができる。また、抽象化なども容易になる。
関連するもう一つの重要な役割が、「人と人との間のコミュニケーションの媒介になる」ということである。何らかの言葉を用いないでコミュニケーションを取ろうとするといかに大変であるかは言うまでもない。使える言葉の種類が増えると、より的確かつ効率的にコミュニケーションを取ることができる。
コミュニケーションに「使える」言葉は「共通理解」がある。すなわち自分と相手との間で(おおよそ)同じ物事や概念に対応している必要がある。相手が「知らない」言葉などは、別の言葉を用いて説明することで共通理解が構築され、ようやく「使える」ようになる。
ユーザーインターフェース(UI)のデザインにおいても同様だ。メニューやボタンのラベルに書かれる言葉(アイコンの形状・図案なども)について、想定される利用者と設計者との間に共通理解があるかどうかを考えねばならない。また、利用者の置かれている状況によっても、共通理解の度合いに幅があることも忘れてはならない。共通理解の範囲が狭くてもほとんど迷わず使えるようなUIデザインは、良いUXをもたらす要因となるだろう。
言葉のずれ、ずれていく意味
「知らない」よりも厄介なのが、自分と相手に言葉の理解でずれがある場合である。ほんの少しのずれであれば、何ら問題なくコミュニケーションが取れることがほとんどだろうが、全く違う理解をしていると、互いに「話が通じていない」という印象を受けたり、戸惑ったりする。なお、これは同音異義語や多義語の勘違いでも起こる。ここが自然言語の面倒なところである。
このような認識のずれが起こる原因はいろいろとあるが、人々が言葉を理解する過程で大きな差が生まれてくる。例えば、話し手の意図した意味と、聞き手(特にその言葉にまだ馴染みの薄い人)が理解する意味とが、情報の曖昧さの分だけずれる可能性があるというわけだ。
そして、「最初の意図とずれた理解」で発せられた言葉がさらなるずれを生み、これが繰り返され、積み重なっていくことで、だんだんと(時として集団やコミュニティーごとに別々に)言葉の意味が変わっていく。
この変化は、特定のコミュニティーや業界で(特に専門用語などとして)使われていた言葉が、他のさまざまなコミュニティーへと広まっていく際に起こりやすい。また、もともと複合的に作られた言葉が広まる際に略されることでもよく発生する。そして時として、特定の組織などがブランディングや話題性などの目的で、あえて特定の言葉を本来と違う意味で広めようとすることもある。逆に、一般的に使われている言葉で表せる概念に、あえて新しい造語を当てる、というブランディングも用いられる。