本連載の前回「デジタルトランスフォーメーションの対象領域--『両利きの経営』が重要に」では、具体的なデジタルトランスフォーメーション(DX)に関わる活動には、「業務の高度化や顧客への新規価値の創出」(漸進型イノベーション)と「新規ビジネスの創出やビジネスモデルの変革」(不連続型イノベーション)があると述べました。今回は、漸進型イノベーションを検討する際の着眼点について述べます。
漸進型イノベーションの4つの着眼点
既存事業および既存の顧客層に向けて、社内の業務のあり方を変革する際にも、これまでと異なる着眼点が必要となります。企業ではこれまでも情報化を進めてきており、ITをさまざまな局面で活用しています。しかし、単なる業務の効率化や部分的な自動化では、イノベーションを起こすことは難しいと言わざるを得ません。つまり、現状の延長線上にあるような発想ではなく、これまでの常識を打破するような斬新なアイデアが必要となります。
デジタル技術を活用した既存事業および既存の顧客層に対する漸進型イノベーション創出の着眼点には、4つのポイントがあります(図1)。
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まずは、直感や経験が支配的な領域や、既存の枠組みや慣習が聖域と考えられている領域に着目することです。これまでテクノロジーが十分に入り込んでいない領域に着目し、適用可能性を模索することが有効となります。具体的には、属人的な業務の排除、仮説検証や意思決定を支援するためのデータ分析および知識共有、ビジネスルールや算出ロジックに基づく個別化(パーソナライズ)への対応などが挙げられます。直感や経験は、人の頭の中にあるものですが、その中には、機械が学習することができるものもあります。昨今では、人材の採用試験や最適な配置の検討において人工知能(AI)を活用する動きも見られます。
また、独自または個別に遂行している業務や、時間や地理的な制約によって実現が困難であった分野に着目したイノベーションも考えられます。これは、インターネットやデジタル技術が持つ、コネクティビティー(接続性)とユビキタス(偏在性)といった特徴を生かす発想といえます。自社内およびバリューチェーン内に閉じていた情報や業務プロセスに対して、顧客や外部の組織との連携性や共有性を高めることで、さまざまな物理的な制約を排除し、新たな付加価値や便益を創出することが可能となります。
観察と技術啓発から発想する業務改革
これまでの業務改善のための情報化やIT活用の際には、業務部門に対するヒアリングによって課題や業務要件を引き出すことが一般的に行われてきました。しかし、デジタルイノベーションではこの手法が通用しない場合があります。例えば、AIの適用分野を探そうと社内をヒアリングして回ったが、そもそも業務部門のメンバーがAIで何ができるかを知らないため、ニーズが出てこないといったことが起こります。また、業務部門のメンバーは、現在の仕事や業務プロセスに慣れ親しんでいて、そもそも何のための業務であるか、本当に合理的なプロセスなのかといった疑問を持たずに遂行していることがあります。デジタル技術を活用した抜本的な業務改革を発想するためには、ゼロベースで適用の可能性を探ることが求められます。
1つの方法としては、AIなどの技術について理解していたり、他社での適用事例をたくさん知っていたりする人が、先入観を持たずに業務現場をじっくりと観察して適用可能性を探るという方法が有効です。また、業務部門のメンバーに対して、デジタル技術の本質的な価値は何か、どんなことが可能となるのか、他社ではどのような活用事例があるのかといったことを地道に啓発して、気づきを呼び起こすという方法も考えられます。その際には、業務部門のメンバーにも現状の仕事や業務プロセスに疑問をもってもらえるような問いかけを繰り返し行って、過去の常識や慣習にとらわれない発想を促すことが求められます。
【お知らせ】
連載著者である内山悟志が今回の内容を含む、デジタルトランスフォーメーションに関する著作を出版します。「デジタル時代のイノベーション戦略」(内山悟志著、技術評論社、2019年6月7日発売)
- 内山 悟志
- アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト
- 大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。