展望2020年のIT企業

次々に誕生するAIベンチャーに問われる商品力

田中克己

2019-06-25 07:00

 AI(人工知能)ベンチャーが日本でも次々に生まれている。AI人材の不足が叫ばれている中で、彼らは機械学習やデータサイエンスなどを学んだ大手企業の若手ITエンジニアらを取り込んで、ビジネスをスタートさせている。

 そんな1社が2016年11月に設立したストックマークだ。大企業のAIプロジェクトに参画、請け負いながら、知的財産やノウハウを蓄積し、クラウドサービスの開発・販売ビジネスに乗り出す。現在、3つのSaaSを市場に投入し、顧客開拓を推進する同社は、技術力を売りにするAIベンチャーとは一線を画するように思える。

テキスト解析に注力する東大発ベンチャーのストックマーク

 ストックマークの代表取締役でCEO(最高経営責任者)の林達氏は、2011年に伊藤忠商事に入社し、M&A(買収合併)などを担当する。実は在学中に起業したものの、ビジネスの経験不足などから軌道に乗せられなかったことがあった。そこで、伊藤忠で経営などの経験を積み、学生時代からの友人である取締役でCTO(最高技術責任者)の有馬幸介氏らと同社を立ち上げた。機械学習のトップランナーといわれている有馬氏を中心に個人が欲しい情報を取り出すキュレーターアプリを開発する。「感度の高い人は情報を蓄積し、後で読んだりするので、『これを読んだら』と勧める機能を備えた個人向けアプリを作った」(林氏)が、事業化できなかったという。

 理由はいろいろある。1つはインターネット上の情報を収集するキュレーターアプリの競合が多いこと。「ニュースアプリもたくさんあり、自分たちが埋もれてしまった」(林氏)という。そこで、個人から企業向けにターゲットを切り替えた。「情報の収集や整理が課題の大企業にフィットすると思った」と同氏。ホワイトカラーが費やす約20%の情報収集の時間を減らすことにも貢献する。

 それが最初に開発したネット上のニュースを解析するSaaS型の「Anews」だ。きっかけは、ある自動車部品メーカーが「こんなサービスを作りたい」という問い合わせから、共同開発に至ったという。この他にも広告代理店やメガバンクなどと共同で、SaaSを作り出していったという。

将来を不安視する大手IT企業のエンジニアらが集める組織に

 創業3年になる同社の社員は約30人になる。多くのメンバーは機械学習などを学んだAIエンジニアだという。しかも、30代前半の大企業出身者が多くを占める。特に多いのが日鉄ソリューションズだ。有馬氏もそうだ。このほかIBMやアクセンチュア、マイクロソフトの日本法人、NTT関連やアビームコンサルティングなどシステムインテグレーター(SIer)出身者がいる。「大手IT企業の若手エースを引っ張ってこれた」(林氏)のは、レガシーシステムの運用・保守を担当させられていることに、将来の不安を感じたITエンジニアが少なくないからだ。「AI活用が進む中で、取り残されるという危機感もあったのだろう」(同氏)

 結果、「自然言語処理のトップクラスの人材が集まり、ビジネスパーソンの意思決定に役立つ自律学習するものを開発できる」とし、林氏はAnewsなどのSaaSを自慢する。そのSaaSに、3つのAIの目があるという。1つは大量データを解析する「鳥の目」だ。例えば、小売りの競合は同業者からEコマース事業者など新規参入に変わる。つまり、垣根が壊れた世界を俯瞰(ふかん)することが求められる。2つ目は、人には分からないようなトレンドや特徴を見つけ出す「魚の目」だ。3つ目が、細かなパターンをじっと見る「虫の目」で、この3つの目がビジネススピードの加速を可能にするという。

3つのクラウドサービス

 ストックマークのSaaSは現在3つある。AIそのものは欧米IT企業が開発した無償のオープンソースなどを活用し、「機械学習を使ってテキストを解析し、インサイトを導く出すものになる」(林氏)という。企業の中には、メールや提案書など数多くのテキストがある。市場や競合の動向などビジネス関連ニュースもネット上にあふれており、それを解析して意味のあるものにする。

 最初に開発したAnewsは、こうした膨大な情報をビジネスの意思決定に活用できるようにするもの。簡単に言えば、ネットニュースなどに掲載された中から必要なニュースを知らせたり、要約したりする。競合会社の新製品ニュースが流れたら、関連するメンバーらが対応策などを議論するコミュニケーション機能もある。そこに経営者が発言すれば、経営者らが何を考えているか社員に正確に早く伝わる。2017年4月に提供を開始し、既に1000社超の企業の経営企画や新規事業部門などが利用しているという。料金は1チーム当たり月額10万円になる。

 2つ目は、Anewsに分析機能を付加した「Astrategy」になる。例えば、競合会社の関連する直近半年~1年のニュースを解析し、競合がどんな動きをしたかをあぶり出したり、類似の事例を探し出したりする。ベータ版で、約20社の経営企画などが利用する。3つの目の「Asales」は、顧客の情報を収集・分析し、売り上げ拡大を図るもの。例えば、顧客に近い顧客の商談内容などを探し出し、求めるニーズを見つけ出し、提案作成を支援する。1000人の営業を分析する機能もある。既にサービス提供を開始しており、ユーザー数は約50社になる。

 林氏によると、こうした解析がこれまでできなかったのは、解析対象が売り上げなどの構造化データに限定されていたからだという。社内にはメールや提案書など非構造化データがたくさんあり、それらを含めた解析が求められていた。そこに、大量データを学習しなくても、答えを導き出す汎用モデルを開発し、新人でも意思決定に必要なレポート資料の作成を可能にしたという。

 そんなクラウドサービスを開発したストックマークは現在、これら商品の機能拡充を進める一方、マーケティング向けや人事向けなどのサービスの品ぞろえを企画しているところ。AI活用は実証実験から本格活用に入り、その効果が問われる段階になってきた。もちろん、ストックマークもだ。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。

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