理化学研究所(理研)革新知能統合研究センター(AIP)や理研AIP-富士通連携センターなどのメンバーで構成された共同研究グループは、超音波検査に人工知能(AI)技術を適用する上で課題になる“影”の検出に関する技術を開発した。理研、富士通、昭和大学、国立がん研究センターの4者が7月26日に発表した。
この研究は10日、医用画像への深層学習技術の適用に関する国際学会「MIDL 2019(the 2nd International Conference on Medical Imaging with Deep Learning)」で発表された。
超音波検査では、超音波ビームが骨などに反射することにより、それより遠い画像情報を取得できず、その箇所が影として映ってしまうことがある。この影は「音響陰影」と呼ばれ、検査の精度を著しく低下させるという。
共同研究グループは2018年度から、機械学習・深層学習を用いて胎児の心臓異常をリアルタイムに自動検知するシステムの研究開発などを進めている。同グループは、手動走査(スキャン)で取得し、影が入りやすい超音波検査画像に特有の課題を克服するため、少量・不完全なデータからでも的確な予測が可能な技術を研究してきた。
今後、臨床応用を進めていくには、さらに多様な超音波検査画像を処理する必要があるという。さらに、そういった検査画像の中には、診断支援AIにとって重要な臓器を隠してしまう影など、そのまま解析すると誤った検知結果につながるものがあるかもしれない。そのため不適切なデータに対しては、再取得を促す機能の開発が求められていた。
超音波検査画像に映り込む影を検出する方法として、これまで二つの手法があった。一つは影の性質を詳細にモデル化し、ルールに基づいて影を検出するという伝統的な画像処理のアプローチ。もう一つは深層学習を用いて、影の有無をラベル付けしたデータを教師あり学習させて影を検出する方法だ。
前者は、超音波検査画像に映り込むさまざまな影に対応するモデルを作らなければならないため、精度の向上が難しいと考えられている。後者は、深層学習で学習させるのに十分な量の影あり/なしラベルが付いたデータを準備する必要がある。さらに、影ありと影なしの境界を統一した基準でラベル付けすることが難しかったり、ある境界以下の薄い影には対応できなかったりといった弱点があった。
そこで共同研究グループは、これら従来の手法における弱点を克服するための新たなアプローチとして「ラベルなしデータで学習して影を検出する技術」を開発した。
まず、元画像と専門医の知見に基づきランダムに作成された「人工影」を合成したものを入力画像とする。その入力画像を影のみが含まれた画像(影のみ画像)とそれ以外の構造物のみを含んだ画像(構造物のみ画像)に分離した後、それらを再度合成することで入力画像を再構成する「オートエンコーダ」を構成(再構成画像)。最後に「人工影を合成した入力画像・再構成画像との誤差」と「人工影・分離した影のみ画像との人工影が存在する領域の誤差」が同時に小さくなるように学習させる。
学習後に影を検出する際には、入力画像を超音波検査画像とし、影のみ画像を検出結果とする。影のみ画像における画素値合計の比較を比較することで、影の有無を自動的に判定できる。
ラベルなしデータで超音波画像の影を学習するモデル(出典:理研、富士通、昭和大学、国立がん研究センター)
共同研究グループは、同技術を昭和大学病院産婦人科での通常の妊婦健診で取得された胎児心臓の超音波検査動画に適用して評価。動画93本(約16分)から作成した画像3万7378枚を学習用データとして学習させ、7本(約1分)から抜き出して臨床医が影の部分をラベル付けした画像52枚(評価用データ)を使用。それにより、影画像の検知精度IoU(Intersection over Union:認識精度を評価するための指標)とDICE(検知精度を測定するための指標)を評価。その結果、伝統的な画像処理手法(単純な2値化)や、従来型の深層学習手法(SegNet)と比較して、新たに開発された手法は高精度に影を検出できると確認された。
従来の手法と今回の手法を比較した評価結果(出典:理研、富士通、昭和大学、国立がん研究センター)
これにより、検出した影が胎児心臓の異常検知に悪影響を及ぼす可能性を見い出すことで、検査者に再走査の指示を出し、誤った異常検知を防ぐことが可能となる。
超音波検査画像における処理の可否を判定する方法の例(出典:理研、富士通、昭和大学、国立がん研究センター)
今後は、同技術を2018年度に開発した「胎児心臓超音波検査の基盤技術」と統合することで、異常検知の性能向上に加え、条件を満たさない入力を判定して再走査を指示する仕組みの構築を目指す。
さらにこの技術は、検査対象などが変化しても手法やモデルを変える必要がなく、「危険性の高い影がどこにあるか」というラベル付けも不要であることから、従来の手法と比較して技術を習得する労力やコストが大幅に削減されると4者は説明する。そのため、成人循環器やがん検診など、超音波検査が用いられている幅広い領域で横断的に活用することが期待されるという。