クラウド、ビッグデータ、AI、IoT――テクノロジーによるデジタル変革の潮流は、従来のビジネスモデルを「破壊」するとともに、データドリブンによる新たなビジネスの可能性をもたらした。しかし、多くの企業が依然として抱えるレガシーなITシステムが、デジタル変革の前に立ちはだかることも問題視されている。
テクノロジーによってイノベーションを創出し、日本企業が強かったころの国際競争力を取り戻すために今なすべきことは――。次の10年のビジネスを見据えたアプローチについて、三菱ケミカルホールディングスCDO(Chief Digital Officer)の岩野和生氏に聞く。

三菱ケミカルホールディングスCDOの岩野和生氏
DXには答えがない。だからこそ「会社の在りよう」を変えられる
--多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいます。今日の状況をどのように捉えていますか。
なぜ、今さらITとデジタルを分ける必要があったのか。DXはCIO(最高情報責任者)がやってもよかったはずなのに、CDO(最高デジタル責任者)に任せようと、世の中が動いた。現在のIT部門へのフラストレーションもあったのだろうが、「突っ走らなければ、間に合わない」ということなのだと思う。
DXの解釈は人によって異なっている。「デジタル技術、人工知能(AI)を使って工場の自動化などに貢献する」といったことを言う人も多いが、もっと広い見方をすべきだろう。例えば、基幹システムを作り、運用していくことは会社の生命線ではあるが、DXにはそうしたITの問題とは異なる側面がある。DXには、あらかじめ求めていることが何であるかという答えがない。それだからこそ、「会社の在りよう」を変える力を持っているということだ。
2005年ごろ、IBMが「スマートシティー」や「スマータープラネット」というビジョンを打ち出して、社会とITの関わりの重要性が高まった時期がある。社会に価値を提供するということはどんなことなのか、いまのDXと同様、明確な答えがなかった。結局、スマートシティーは徐々に下火になり、スマートグリッド、スマートメーター、IoT(モノのインターネット)といった、ITのインフラサイドの議論に終始するようになった。社会全体に価値観を醸成していくには、さまざまなステークホルダーの参加が必要になるが、そのときは「社会の在りよう」を変える議論にまで到達しなかったからだ。
DXにおいては、Amazon、Apple、Google、Uberなどが、まさに社会の在りようを大胆に変えるモデルを作っている。IT側が、政治や行政などさまざまなステークホルダーとともに価値観を作り上げていく必要があり、その中でどういう影響を与えられるかが課題になってくる。正解はなくても価値観を合意形成していくことが求められているのだ。ただし、日本企業はコンセプトベースで動くのを苦手としている面がある。IT部門も、これまでのように要件定義どおりに実行していけばいいというわけにはいかない。
--IT起点で考えていても、DXは実現しないということでしょうか。
どんな会社を作り上げていくのかは、どんな社会の在りようを作るのかにつながっていく。DXの本質は、いろいろな関係性を変えて新しい価値を作り出すことにある。例えば、サプライヤーと企業の関係、データ活用などについて再定義することで、どんな新しい価値を生みだせるかにかかっている。
こうした取り組みに強いのは、原理や原則で物事を考える文化を持つ欧州だ。日本はすぐ、ROI(投資利益率)、効果、何の役に立つのかという話になってしまう。いま問われているのは、経済的なKPI(重要評価指標)で測り切れない価値観であり、それをしっかりと考えるべきフェーズに来ている。
経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」では、複雑化してブラックボックス化した企業のITシステムがDXを失敗させ、2025年から毎年12兆円の経済損失をもたらすとしている。だが、いま本当に必要なのは、5年、10年先に、新しい価値創出の武器を手に入れられるのかという議論だ。「2025年の崖」を乗り越えるためにERP(統合基幹業務システム)刷新の需要が大きいとしても、それは世の中に対するメッセージにはなり得ない。その意味でも、ITの在り方そのものを考えなくてはいけない。