ガートナー本好氏に聞くSAPの“2025年問題”--企業は情報やツールをフル活用すべき

末岡洋子

2019-08-27 07:00

 統合基幹業務システム(ERP)パッケージである「SAP ERP 6.0」の保守期限が2025年で終了する。経済産業省はこの年を「2025年の崖」とし、老朽化した企業のITシステム(レガシーシステム)によって日本全体で年間12兆円もの経済損失を生む可能性があると警告している。そのような待ったなしの状況で、企業は新版「SAP S/4HANA」へのアップグレードをどのように進めるべきか。ガートナー ジャパンのアナリストである本好宏次氏にポイントを聞いた。

ガートナー ジャパンでリサーチ&アドバイザリ部門 エンタプライズ・アプリケーション担当バイス プレジデントを務める本好宏次氏
ガートナー ジャパンでリサーチ&アドバイザリ部門 エンタプライズ・アプリケーション担当バイス プレジデントを務める本好宏次氏

--SAP ERP 6.0の保守サポートが2025年で打ち切りとなります。SAP側はどのようにユーザーの移行をサポートするのか?

本好氏:同社の移行プログラム「SAP S/4HANA Movement」を率いる担当者と会話したところ、彼ら自身も2025年に向けた移行を「チャレンジ」と感じているようです。

 S/4HANA Movementは2018年に始まった取り組みですが、日本ではあまり知られていません。例えば、グローバルで展開されている「SAP S/4HANA Adoption Starter Engagement
」というプログラムでは、3カ月程度のバーチャルセッションが用意されており、同社の専門家によって移行の準備状況をチェックするツール「SAP Readiness Check for S/4HANA」や、S/4HANA化に向けたロードマップを作成するためのツール「SAP Transformation Navigator」の使い方を教えるコンテンツなどがあるようです。さまざまなサービスやツールを含めて、パートナーも巻き込んで展開しようとしている様子がうかがえます。

--ズバリ、2025年という期限が延長する可能性はあるのか?

 可能性はゼロではないと捉えています。つまり、SAPは“延長しない”とは言っていません。

 現時点でのSAPの公式声明は、あくまで「2025年まで延長した」というもので、さらなる延長は「ない」とも「ある」とも言っていない。そういう状態です。

 ERP 6.0は2006年に発売され、当初の保守期限は2015年12月でした。これまで、2011年と2014年に繰り返し延長しています。今後さらに延長するとすれば、ユーザー会からの働きかけがきっかけになるかもしれません。各地域のユーザー会とその上位機関である「SAP Super User Group Executive Network(SUGEN)」などでユーザーの声を集約し、「現在でも何割以上が移行できていない」「このままでは間に合わない」といった状況がどこかのタイミングで明らかになれば、ユーザー会が延長を求めてロビー活動をするという可能性は否定できません。

--日本のSAPユーザーは2025年問題にどう対応しているのか?

 ガートナーが2018年に行った国内のユーザー企業調査で、ERPについて既存製品を「継続するか」「移行するか」を尋ねたところ、SAPユーザーの9割弱が「現製品を引き続き利用する」と回答しました。

 2023年ごろに動向が見えてくると、この割合にも変化があるでしょう。例えば、他ベンダーの製品に移行するユーザーが増えて、乗り換え事例が目立つようになると、現製品を維持すると回答する企業の割合は減るかもしれません。また、いま懸念されるのが、人材不足の問題などにより品質を担保できず、いわゆる“失敗”プロジェクトの事例がたくさん出てきてしまうことです。このような状況になると、S/4HANAへの移行をためらう動きが出てくる恐れがあります。

 ただ、これらを加味しても他のERP製品に乗り換えたり、メーカーに代わって保守サポートを提供する“第三者保守”サービスを利用したりする企業は、全体として少数派にとどまるでしょう。

--SAPとしては今後も安泰ということか。

 日本でSAPの利用率は18%ぐらいで、ナンバーワンです。これを従業員数で企業規模を分けると、1000人以上規模の企業では4割超を占める支配的なプレーヤーとなっており、グローバル規模の大企業で見ると他の選択肢があまりないというのが現実です。例えば、Oracleの「ERP Cloud」がグローバルでは伸びていますが、利用できるのはクラウド環境のみです。オンプレミス環境で使いたいという企業は選定できません。

 話を戻すと、1000人以上の企業規模でSAPに次いで利用率が高いのは、スーパーストリームの「SuperStream」で19%弱です。ただ、同社が提供する機能は会計と人事だけなので、例えば販売や生産を含めてグローバル展開すると、SAPに落ち着く企業が多くなります。最近は、Microsoftの「Dynamics 365」も代替製品として一部で注目を集め始めていますが、全体としてはSAPが強いという状況です。

--顧客がS/4HANAに移行する際の障害は?

 投資対効果をどう見るか、言い換えればコストを正当化できるかという点が大きいですね。

 満足度調査の結果や直接のやりとりを通じて感じる、ユーザーのSAP ERPに対する印象は、「ものとしては悪くない。グローバルサポートが充実しており、機能も豊富で安定して動いているが、投資した金額に見合う価値があるかとなると議論の余地はある」というものです。そのため、S/4HANAへの移行に伴うコストや負担の正当化が難しいという相談が目立ちます。

 導入時に大きな投資をして、毎年相応のメンテナンスコストがかかっている中で、十分に使いこなせていないと、経営層やビジネス部門からIT部門に対して「どういう価値があるのか」という疑問をぶつけられます。その結果、社内ではこれ以上の投資は厳しいという論調になっている企業も一部ではあるように見受けられます。

--ガートナーとしては、既存のSAPユーザーにどのようなアドバイスをしているのか?

 S/4HANAへのアップグレードは、単なるテクニカルアップグレードとは大きく異なることを理解する必要があります。新しい機能やユーザーインターフェース(UI)「SAP Fiori」のほか、「SAP Leonardo」における人工知能(AI)/機械学習やIoTなどの新興技術をうまく取り入れて、価値を提供できることを示さないと投資承認はなかなか下りにくいとお伝えしています。一方で、現行のプロセスを変えることに対して、エンドユーザーからの抵抗があるという理由から、とにかく「現行維持」でやろうとするシナリオは筋が良くないと思いますね。

 保守期限の終了をきっかけにしたとしても、自社の中期経営計画やデジタル化を含む経営戦略に直結する動きとして議論をしていかないと、どこかで推進力が不足してしまいます。

 また、経済産業省のDXレポートで指摘された「2025年の崖」が話題ですが、レガシーシステムからの移行という文脈においては、クラウド化が1つの大きなイニシアチブになり得るでしょう。ただ、単純なリフト&シフトで今の環境をクラウドに乗せていくというだけでなく、「抱き合わせ」のような考え方が有効です。例えば、クラウド化に併せてアプリの保守を外部に委託したり、新しい機能やテクノロジーの導入による効果と合わせて訴求したりするなど、複数の動きを連動させていくべきでしょう。

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