工具などの資材の卸売を行うトラスコ中山は、統合基幹業務システム(ERP)の刷新を機に新しいビジネスモデルへ挑戦する。在庫を顧客の現場に置く“置き薬”的な「MROストッカー」だ。新しいアイデアを発想・実現するための背景には、同社のユニークな企業文化とデザインシンキングがあるという。同社で取締役 情報システム本部 本部長を務める数見篤氏に話を聞いた。
トラスコ中山の数見氏。「ITは進化しており、アイデアがあれば(実現のための)道具はそろっている。これまでにないくらい楽しい世界になった」という。
S/4HANAとSCPの組み合わせでカスタマイズしないERPを
トラスコ中山は製造現場向けの工具を扱う卸売業者だ。創業60年で従業員は約2800人、直近の売上高は2142億円で経常利益は146億円となっている。国内外のメーカー2500社から仕入れた約190万点の商品を全国5310社以上に販売する。取り扱う商品の数は年々増加しているのに加え、自社ブランド製品の企画開発も行っている。
順調に拡大・成長する同社のビジネスを支えるのが、“パラダイス”と呼ぶERPだ。それまで自前のシステムを使っていたが、規模の拡大を支えるべく2006年に「SAP R/3」を導入、その後に「SAP ECC 6.0」へバージョンアップした。そして現在、2020年1月の稼働開始を目指して、「SAP S/4HANA」ベースの新しい基幹システムへのアップグレードを進めている。
S/4HANAへのマイグレーションでは、ECCをS/4HANAへ移行することにフォーカスしてプロジェクトを進めている。「“S/4HANAに移行する”というのは言葉にすると簡単だが、さまざまな課題がある。データベースも含めるとハードルが高く、ミスが発生したときに問題が大きくなる」と数見氏は説明する。そのため、データベースは「SAP HANA」、それにECCで構築した既存のデータベースも継続して使う。
トラスコ中山のERP“パラダイス”は企業の成長を支える
トラスコ中山のS/4HANA移行後のソリューションランドスケープ
S/4HANAの採用と同時に、ビジネス上で課題となっていた問題の解決も図る。その1つが「見積もりの自動化」だ。同社が全国に持つ約70カ所の営業拠点には、顧客から毎日5万件もの見積もり依頼がファクスや電話で寄せられており、営業所のスタッフが値段や納期を記入して、パラダイスに入力して顧客にファクスで返すという手順で対応している。
この方法は手間がかかる一方で、成約率は3割程度にとどまっており、採算が合うとは言い難い状態だ。そこで、見積価格を自動で算出・判定するアプリケーションを、PaaS「SAP Cloud Platform」(SCP)でアドオン開発した。「160人分ぐらいの仕事が自動化でき、もっと付加価値の高い業務ができるようになる」と数見氏は話す。しかも、過去のトランザクションデータをもとに、業種や得意先の規模などからどのぐらいの価格を提示すれば受注率が高いのかを割り出すため、成約率の改善も見込めるそうだ。
トラスコ中山では、S/4HANAへのアップグレードを機に、先述の「見積もりの自動化」を含めて合計16の課題に対応する予定だ。ここでのポイントがSCPの活用だ。「ERPの中で複雑なロジックを作ろうとするとアドオンで複雑なものを作ることになる。SCPがあればERPの拡張が簡単にできる。これはとても大きなことだ」と数見氏は語る。