内山悟志「デジタルジャーニーの歩き方」

デジタル先進企業から学ぶべきこととは

内山悟志 (ITRエグゼクティブ・アナリスト)

2020-01-15 06:00

 前回「デジタル時代に目指すべき企業像とは」は、漸進型と不連続型のイノベーションを継続的な営みとし、いかなるビジネス環境の変革にも適応して変化し続けられる企業を目指すべきであり、そのためには「両利きの経営」が重要であることを指摘しました。今回は、それを実現するために先進企業から学ぶべきことについて考えます。

デジタルネイティブ企業は手本となるか

 従来の事業を維持・拡張しつつ、新たな事業や価値を創出していくためには「両利きの経営」を身に付けることが重要です。しかし、多くの伝統的大企業はこれまで成功した事業をより良くするための「漸進型イノベーション」を推進することはある程度慣れ親しんでいますが、全く新たな事業や市場を開拓するような「不連続型イノベーション」を実現することは不得意と言わざるを得ません。日本国内の企業が、とりわけ、伝統的な大企業がデジタル時代に対応した企業となるために、参考となるモデル企業はないのでしょうか。

 まず、大企業が不得意とする「不連続型イノベーション」を創出する能力やそのための環境を具備するためには、どのような変革が求められるのかについて考えてみたいと思います。そのヒントがデジタルネイティブ企業にあると考えられます。50年前の経営科学では、自動車産業を含む大量生産の製造業の研究が主流でしたが、現在の中心的な研究対象はデジタルネイティブ企業となっています。

 主に1995年以降に設立され、コアコンピタンスとしてインターネット時代のITやデジタル技術を利用することを前提とした企業をデジタルネイティブ企業と呼びます。GoogleやAmazonが代表的なデジタルネイティブ企業ですが、これらの企業には、独特な行動様式と大切にしている考え方、実践している制度や活動があります(図1)。そのような行動様式から生み出される優れた先を読む力、思考パターン、コンピタンスは、彼らの差別化を支える要因になっているのです。しかしそれらは、従来の大企業の常識からは大きく外れるものも少なくありません。

 デジタルネイティブ企業は、全ての経営幹部や従業員が、事業モデルそのもの、ビジネスの運営や意思決定のあらゆる場面で、デジタル技術やデジタル化された情報の活用を最優先に考え、行動する企業ということもできます。

 デジタルネイティブ企業は、顧客を中心に据え、顧客にとっての体験を完璧なものにすることに力を注ぎます。また、行動するリスクと行動しないリスクを比較します。従来の企業では、ほとんどのプロジェクトは成功させなければなりませんが、デジタルネイティブ企業は異なる手法でポートフォリオを管理します。例えば、成功するプロジェクトは全体の2割で、8割は失敗すると想定している場合もあります。ビジネスモデルに関しては、アイデアを探求し、テストします。幾つかのモデルを試し、最終的にそれらを組み合わせるかもしれません。ビジネスモデルを流動的に扱い、随時分析を行ってパターンを発見したり、洗練させたりします。実験が失敗したら、別のことを試しますし、何でも自社だけでやろうとせず協調戦略を採ります。

 さらに、過去の成功体験を持つ上級管理職が正しい判断をするとは限らないため、フラットな組織を構成し、民主的な意思決定を重視します。そのため個人を尊重し、評価や報酬、働き方、職場環境などに気を配り、一人ひとりの能力を最大限に発揮することに力を注ぎます。

 こうした行動様式や考え方をそのまままねすることが必ずしも有効でありませんが、なぜそれが彼らにとって必要であり、有効であるのかを知ることは重要です。

 両利きの経営においては、漸進型イノベーションの活動やそれを推進する組織でデジタルネイティブ企業の行動様式や制度などを表面的に模倣してもうまくいくことはまずありません。一方、不連続型イノベーションを実現しようとする活動やその組織では、学ぶべき点が多いといえます。

デジタル時代の組織モデルとしてのティール組織

 イノベーティブな企業における次世代型の組織運営の考え方としてティール組織が注目されています。ティール組織は、2014年にFrederic Laloux氏の著書『Reinventing Organizations』で紹介された概念で、組織進化のフェーズを幾つかの段階に分け、色で表現しているものです。ティールは、日本では「カモの羽色」と呼ばれる色で、緑と青の間の色を意味する言葉です(図2)。

 ティール組織を理解するには、現在の多くの企業で主流となっている達成型(オレンジ)の組織と対比すると分かりやすいのではないでしょうか。会社全体の目標を部門・社員単位に細かく分解して任せ、それぞれの達成を積み上げることで目標を実現するというのが達成型組織の基本的な考え方です。これは、長らくマネジメントの基本とされており、現代もほとんどの会社がこのモデルに当てはまります。達成型組織においては、上司が部下へ目標を提示し、それをいかにして達成させるかが組織の成果に大きく影響します。そのため中間管理職の存在が必要であり、目標達成のための「管理」が重視されてきたわけです。

 ティール組織では経営者や上司が社員の業務を指示・管理することはありません。組織がピラミッド型の構造をしておらず、全員がフラットに協力し合いながら、社会に価値を提供しているのがティール組織の特徴といえます。セルフマネジメント(自主経営)、ホールネス(全体性)、存在目的がティール組織を実現するための突破口だと言われています。日本にもこれら3つの要素を幾つか取り入れた企業が存在しますが、いわゆる伝統的大企業ではありません。

図2.ティール組織は実現可能か(出典:ITR) 図2.ティール組織は実現可能か(出典:ITR)
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 大企業において会社全体をティール組織に作り替えることは至難の業であり、表面的にまねてもうまく機能しませんが、不連続型イノベーションを担う組織に意識変革を促す際には参考になるのではないでしょうか。

大企業が学ぶべきハイアールのマイクロエンタープライズ

 何万人もの従業員を擁する大企業が丸ごとティール組織を実現することは容易ではありませんし、デジタルネイティブ企業の行動様式や制度をそのまま模倣してもうまくいきません。日本の大企業においては、中国の海尓集団(ハイアール)が実践しているマイクロエンタープライズ(ME)に学ぶところが多いのではないでしょうか。ハイアールは、全世界で7万5000人の従業員を抱え350億ドルの収益を誇る世界最大の家電メーカーです。ハイアールでは巨大企業が陥りがちな官僚主義を排除するために、組織を4000以上のMEに分割しています。ほとんどのMEは10~15人で構成されており、意思決定は少数の自律的なチームで下されます(図3)。

 MEには3つのタイプがあります。1つは200前後の市場直結型であり、典型例は都市部の若者向けに冷蔵庫を製造する智胜(ジーシェン)です。2つ目の形態はインキュベーティングと呼ばれ、雷神科技(サンダーロボット)のように新規の市場やビジネスモデルを開拓する50程度の組織です。その他の3800のMEはノードであり、市場直結型に部品を納めたり、設計・製造・人材派遣などのサービスを提供したりしています。

 全てのMEは他のMEと取引するかどうかを自由に決めることができ、グループ以外の企業と取引しても構いません。それぞれのMEは中央から指示をほとんど受けず自由に形成、進化できますが、目標設定・社内契約・相互協調に関しては全MEが同じ手法に従うことになっています。すなわち、企業グループとしての枠組みは中央集権で決められていますが、ME内の全ての意思決定は分散型で自律的に行われているということです。ちなみに、MEのリーダーもME内のメンバーの投票によって決めるという徹底ぶりです。ハイアールは、MEによって中央集権的な仕組みなしに協調を実現しており、個別事業の即応性と協調による効率性を両立しているといえます。

図3.ハイアールのマイクロエンタープライズ(出典:ITR) 図3.ハイアールのマイクロエンタープライズ(出典:ITR)
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 国内においても、メルカリなどのデジタルネイティブ企業は、GoogleやAmazonの行動様式や制度を研究し、積極的に取り入れています。また、『管理ゼロで成果があがる』(技術評論社)で知られるソニックガーデンは、ティール組織を取り入れた非常にユニークな組織運営を行っています。伝統的大企業は、これまで常識と考えてきた達成型の組織運営だけではデジタル時代の競争に勝てないばかりか、参戦することさえできないことに気付く必要があるのです。

内山 悟志
アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。

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