また、Jリーグも「JリーグFUROSHIKI(通称)」構想として、テクノロジーやデータの活用を進めている。モデレーターの久永氏のデータスタジアムは、NTTグループと共同でアプリを開発しており、J1の各クラブが無償で使えるようにしているという。アプリケーションでは、シュート数やボールの支配率、選手の動き(走行距離、スプリントの回数、HI[高い強度の運動]など)といったトラッキングデータも表示され、実際にチームの戦術などの意思決定に影響を与えているようだ。「選手交代を考えていたが、トラッキングデータからはまだ走れることが分かったので交代しないことにしたといった事例が出てきている」(久永氏)
一方、FIFA W杯と同様に、Jリーグでもネットワーク環境が課題という声も聞かれた。技術的にはスタンド側のスタッフとベンチ側のスタッフがタグ付けによって映像をすぐに確認できるが、ネットワークが安定していないことが課題になっているという。「5G(第5世代移動体通信)などの技術の発展により、活用の機会が増えそうだ」と久永氏は期待を語った。
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情報をどう伝えるか――ビジネスでも難しい課題だが、スポーツ界には、さらに特有の環境があるという。選手や監督は、これまでデータ中心ではなく経験や感覚を重視してきた。だからこそ、「基本的に情報は相手が必要としている時に与えないと、あまり意味がない。こちらから強制的に渡すのではだめ」と片桐氏はいう。
例えば、格好のタイミングと言えるハーフタイム――前半の状況を受けて戦術などを修正するチャンスだ。サッカーのハーフタイムは15分だが、移動や選手のクールダウンを考えると実質的な時間は5分。片桐氏は、そこでいかにして有効な情報を伝えるかを考えているという。「監督や選手が求めるものを出せる準備を前半のうちからしておく」(同氏)といい、「情報を絞り、コンパクトにして伝える」ことを心がけているという。
ただ、データの分析はあくまで「サッカーの中で」とも話す。海外のリーグでは、データを扱うチームが大きくなっているが、ベースはあくまでもサッカーだ。「土台の上でデータをうまく使うという視点が重要だ」と片桐氏はいう。西内氏は、「ビジネスのデータ分析でも、データアナリストが自社のビジネスを理解していないとチグハグになる」と指摘し、「スポーツでもビジネスでも、現場とデータ、両方の知恵が揃っている必要がある」とポイントを強調した。片桐氏も、監督との信頼関係において、「(アナリストが)サッカーを理解している、試合を見る目を持っている」と感じてもらうことは重要だと同意する。
既に、英国のプレミアリーグなどデータ活用が先行しているところでは、映像データにタグ付けする作業を自動化するような人工知能(AI)の活用も進んでいるという。だが片桐氏は、「最新技術を使う能力より、効果的に使う能力の方が重要」と言い切る。技術やツールが使えることより、どんな情報をどのタイミングでどのように伝えるのかが重要と考えるからだ。「最後は人と人の仕事です」と片桐氏は実感を込めて語った。