前回「デジタル先進企業から学ぶべきこととは」は、「両利きの経営」を実現するために先進企業から学ぶべきことについて述べました。今回は「不連続型イノベーション」と「漸進型イノベーション」を両立させ、常に変わり続けることのできる企業となるためのアプローチについて考えます。
両利きの経営を目指す組織の形態とは
前回紹介した海尓集団(ハイアール)のマイクロエンタープライズは、中央集権的な仕組みなしに協調を実現しており、個別事業の即応性と協調による効率性を両立している好例といえます。しかし、これも青島(チンタオ)市の弱小冷蔵庫工場であった1984年から30年以上の歳月と、何度かの大きな組織変革の歴史によって成し遂げられたものです。ハイアールを理想のモデルとして組織設計を一から作り直すことは容易ではありません。多くの既存企業、とりわけ大企業では、既存事業を支えてきた組織を維持・拡充(深化)しつつ、新規事業を開拓(探索)するためには、異なる2つの文化を両立させるような組織設計が必要となります。
両者を並存させる際の組織形態には幾つかのパターンがあります。代表的なパターンとしては、不連続型イノベーションや新規事業を推進する組織を別会社として切り離して遂行する「別会社型」、企業の中に既存事業を遂行する事業部門と不連続型イノベーションを推進する別組織を持たせる「企業内分離型」、従来の組織のままで各事業部門内に不連続型イノベーションを推進するチームを設置する「部門内実施型」などがあります(図1)。これらのどの形態が正解というものではなく、事業の規模感や新規事業の成長ステージなどによって適合する組織形態は異なります。
いずれの組織形態においても注意しなければならないことは、2つの組織の間の距離の置き方です。距離が近過ぎると従来の常識の干渉を受け、改革や新規の組織文化の形成が阻害され、「先祖返り現象」に陥ります。一方、距離が遠過ぎると、既存と新規の協調や連携がやりにくくなることに加えて、既存の側が一向に変わらない「離れ小島現象」を引き起こすこととなるのです。
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両立において求められる「忘却」「借用」「学習」
「先祖返り現象」や「離れ小島現象」に陥らないように組織を設計し、運営していくためには、どのような点に留意しなければならないのでしょうか。『ストラテジック・イノベーション』(Vijay Govindarajan、Chris Trimble共著、翔泳社)では、既存企業が新規事業を成長させるためには以下に挙げる「忘却」「借用」「学習」の3つの課題を克服しなければならないと述べています。
- 忘却:既存の組織はこれまでの成功体験や慣習に縛られがちとなるが、不連続型イノベーションを興す際にはそれが弊害となることも少なくない。新規の組織は、既存の事業定義や戦略だけでなく過去の成功体験や勝因を一旦忘れることが必要となる
- 借用:俊敏で新しい組織文化を最初から具備しているベンチャー企業に対して、既存企業の不連続型イノベーションが唯一優位といえる点は、既存組織に蓄積された経営資源やノウハウを借りることができる点である。忘却と借用を両立させるには、絶妙な距離感が必要となる
- 学習:不連続型イノベーションにおいて成功をつかむためには、事業成果の予測精度を高めることが重要となる。実験的自己学習を繰り返し、予測精度を高め、新しい世界での成功の法則を導き出すことが求められる
既存企業が不連続型イノベーションを生み出し、育て、両利きの経営を実現するためには、少なくとも「忘却」「借用」「学習」の順でその壁を超えていかなければならず、場合によってはそのサイクルを何度か繰り返す必要があると考えられます。
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段階的に両利きの経営を実現するアプローチ
新規事業を生み出してからそれを成長させ「両利きの経営」を実現するためには、前述のように「忘却」「借用」「学習」を経ることが望ましいと考えられます。最終的には既存事業を営む組織も、新規組織から新たな世界での成功の法則を学び取り、会社全体として変化に適応できる企業となっていることが目指すべき姿といえます。これを踏まえると、組織形態の変遷として図3の(1)から(6)までのステップを踏むことが有効と考えられます。
- 始めは「既存」の中から小さな「新規」が生まれる
- 「新規」は「既存」の常識や成功の法則を忘れるために組織を分離することが望ましい
- 「新規」の成長には「既存」の経営資源やノウハウを借りる必要があり、そのためには両者のつながりと上級管理者による橋渡しが求められる
- 「新規」が独り立ちするために実験的自己学習を繰り返し、予測精度を高める
- 「既存」が衰退する前に「新規」から新たな世界での成功の法則を学ぶ
- 完全に融合し、どちらも新たな世界での成功の法則を手に入れる
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「新規」(不連続型イノベーション)の成長ステージや組織規模によって適合する組織形態や重視すべき課題が異なるが、6つのステップは前後するステップと同時進行的に進めなければならない場合や、何回かステップを繰り返さなければならない場合もあります。このようなステップを繰り返しながら、新規事業の創出と成長のサイクルを回し続けられるような次世代の組織構造を見つけ出していくことが求められるのです。
- 内山 悟志
- アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト
- 大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。