さまざまな業界で人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)の活用を試みる取り組みが進み、部分的に本番の業務やシステム、サービスなどに実装する動きも広がっている。そうした中、半導体商社のマクニカによれば、製造業ではAI/IoT実践において新たな動きが出始めている。
同社は、2019年1月にAIを新規事業として本格展開する方針を表明。製造業向けにはアルゴリズム開発からデバイスの提供、システムインテグレーションサービスまで、小売業や介護業向けにはAIを活用する分析サービスを展開する。特に、製造業向けはAI/IoT活用の一部にとどまらず、導入計画から運用までの広範なフェーズに対応するといい、同年12月には「AI Research & Innovation Hub」も設置した。
シニアデータアナリストの楠貴弘氏は、製造業におけるAI/IoTへの取り組みについて「『スマートファクトリー』に向けた導入計画から着手し、異常検知から品質・歩留まりの改善、生産最適化など、AI/IoTで解決したい課題テーマも拡大している」と話す。
同社は、AI事業を本格展開する以前から、既に200件以上のプロジェクトに参画しており、自動車関連、化学/素材、半導体/電子部品、産業機器、食品/日用品といった業種の企業でのAI/IoT実装を支援している。そこで最近増えているのが、「全体最適に向けたAI/IoTの活用」だという。
AIやIoT活用に向けたプロジェクトテーマの状況を紹介するマクニカ シニアデータアナリストの楠貴弘氏
「この2~3年ほどは、個別の課題テーマにどう適用できるかを検証するプロジェクトが中心だったが、実績が出てきたことで、『デジタルトランスフォーメーション(DX)』の観点からも顧客は、より大規模な適用や全体最適を視野に入れつつある」(楠氏)
2019年に手掛けたプロジェクトのテーマは、「異常検知/予兆分析」「最適化」「品質向上/歩留まり改善」「外観検査」「導線分析/行動分析」が大半を占めた。
このうち外観検査は、AIのディープラーニングが画像や映像の認識・解析に適していることでアルゴリズムの開発も進んでいる。「ソリューションパッケージも普及しつつあり、適切な撮影データさえあれば、ある程度の成果を得やすくなっている。一番の課題は、適切なデータを得るための撮影環境になる」(楠氏)
また、品質向上/歩留まり改善は、業種ごと個社ごとでも環境が異なるため、アルゴリズム開発が難しいテーマの1つ。ただ、ランダムフォレストの機械学習による開発手法に集約されつつあり、今後の成果の進展が期待される。
一方、いまだ難しいというテーマが、異常検知/予兆分析と最適化になる。
異常検知/予兆分析では、例えば、機器に装着する振動センサーなどによって機器の動きのわずかな変化を捉えることで、生産に影響を与えるような兆候やパターンを見いだし、故障を迅速あるいは未然に検知して、対処するというものになる。楠氏によれば、ここでは時系列データがポイントになるが、観測対象の環境が複雑で事例も少ないことから、アルゴリズム開発が容易ではない。最適化は最も難しいテーマという。パラメーターだけでも千差万別であり、高度な専門知識が求められるのはもちろん、業務環境も個社ごとに全く異なるからという。
それでも、外観検査などAI活用で解決可能な個別課題のテーマが広がりつつあり、マクニカ イノベーション戦略事業本部 ソリューション事業部長の阿部幸太氏は、「(同社とプロジェクトを組む企業側は)全体最適に向けてさらにAIを活用していくという意識が高まっている」と話す。
例えば、アイシン・エィ・ダブリュでは、製品の評価工程において検査員の確保などが難しくなり、独自にAIを開発して目視確認作業の自動化を試みたものの、その成果を評価したり、開発したアルゴリズムの“ブラックボックス”化に不安を感じたりしていた。このため、マクニカとのプロジェクトで開発のアプローチを見直すとともに、アルゴリズムの中身を可視化する手法や評価の開発などに取り組み、改めて開発した手法などを自社で維持、高度化していける形で進めた。
プロジェクト事例は個別課題の解決を目的にしたものが多いが、その先の展開を明確している企業が増えているとのこと
また、アイシン・エィ・ダブリュ工業では、パワートレインの加工工程における不良品の発生箇所の特定を目指していたが、センサーデータなどから分析しても原因を特定できないでいたという。このためマクニカでは、アイシン・エィ・ダブリュ工業が自社で機械学習による継続的な原因分析やアルゴリズムの開発を継続していく環境を構築し、その知見も同社へ移行したという。
AIのような新しいテクノロジーの活用に向けた試みでは、よく「PoC(概念実証)疲れ」といった言葉が聞かれる。だが、製造業の例を見るに、全体最適など新しいテクノロジーを活用した先の“姿”を明確にしていることが、その歩みを止めないポイントであるようだ。
現状ではOT(制御系技術)の領域でITをどう使うかのノウハウづくりが主流だが、将来的にはITとOTの融合が予想されている