AI民主化の幕明け--必要な学習データを見極めるAI人材とは - (page 2)

Cedric Wagrez (Lionbridge)

2020-05-22 07:00

AIモデル作りはリリースしてからがスタート

Wagrez氏:もうひとつ、AIモデルをリリースした後に性能が上下するという問題があります。Lionbridge AIでは、AIモデルの評価サービスも提供していますが、AIモデルのアウトプットを評価することはとても大切です。例えば自然言語の場合は、SNSでコミュニケーションする中で、どんどん新しい言葉が出てきて、絵文字も進化しています。数年前と比較すると運用している現在のデータの分布と最初に学習した際のデータの分布はかなり違ってきます。こうした場合は適切なアノテーションを行わないと性能が下がってしまいますが、この作業には豊富なノウハウとかなりの労力が必要です。アイデミーで提供されるmodeloyもこうした課題が背景として生まれたのではないでしょうか。

石川氏:まさにそうです。製造業でよくある事例として、製造物の写真を撮って画像から不良品を判断する不良品予測があります。実際にAIが判断した結果が正しいか、正しくないかを継続的にアノテーションをする必要があります。こうしたメンテナンスをしないと、未知のデータが次々と入ってくるため、どんどん性能が下がってしまいます。AI導入は、AIモデルをリリースした後が本当のスタートです。特にデータについては、どのように管理して、アノテーションをしていくかが重要です。modeloyを活用して工数を下げつつ、社内でアノテーションをするのか、外注するのかを決めていくことになります。

Wagrez氏:外注化はアノテーションの量によりますね。量が少なければ社内で行う方が効率良いでしょうし、多ければオペレーションの経験豊富な会社に任せるのも一つの選択肢です。私たちは1000人や1万人のワーカーを一気に雇用することに慣れていますが、一般の企業では難しいでしょう。ピークが明確にあるなら柔軟にスケールできる外注という選択肢もあります。

実際の環境で生成されるデータを収集、課題を早く見つけることが重要

Wagrez氏:必要なデータを明確にして、データを適切に管理していくためには、組織の重要性が高いと感じています。組織作りについてはどのようなことが大切でしょうか。

石川氏:製造業の場合は、モデルの試作をするのは研究開発チームで、実際に運用するのは工場にいる生産管理チームである場合が多く、どのようにAIモデルを運用する側に渡していくかという問題があります。研究者が求めるAIのレベルと、生産現場が求めるAIのレベルは違うので、研究所側・事業部側それぞれが主導権を握る開発体制が必要です。でもそれは理想論で、実際にはどちらかにAIのリスクとチャンスを理解して本気で取り組むリーダーがいて、他メンバーを巻き込みながらプロジェクトをけん引することでうまくいくケースが多いのです。そのためアイデミーの教育研修のサービスを利用する中でリーダー候補を探し、その方達にプロジェクトを任せることを提案しています。

Wagrez氏:確かにそれぞれの部署をまとめていくにはリーダーシップが必要ですね。特にAIはとにかくやってみて、結果を見て改善するプロセスを素早く繰り返す必要があるので、工程に後戻りがないウォーターフォール型の開発手法に慣れている企業は、考え方を変えないといけません。いままでアイデミーで支援したデータ収集や作成がうまくいった事例としてどのようなものがあるのでしょうか。

石川氏:例えば画像認識で言うと、工場のラインで画像を撮影してAIで解析する場合、カメラの撮影をするときに、光の当たり方がぶれてしまうと、正しく判定できないことがあります。このような問題は、ライン上に黒い箱を置いて、暗室状態にして撮影するといった工場の環境を変えるアプローチもありますが、ソフトウェアで光の当たり方を疑似的に生成する「データオーギュメンテーション」のアプローチもあります。どちらのアプローチで解決するかは、実際にPoC(概念実証)を作りながら性能を検証していくことになります。実際の工場でどのようなデータを取れるかを把握しながら課題を抽出し、アジャイルに開発する必要があります。

DXの進展により、AI開発の心理的ハードルも下がる

Wagrez氏:日本は米国や中国と比較するとAIの開発は遅れています。だからこそAIのスタートアップへの投資やアイデミーのような人材教育サービスが必要だと考えています。これからのAIはどうなっていくでしょうか。

石川:コロナ禍によって、DXが否応なく進展しています。AI開発にハードルが高いと感じてきた企業も、これからは認識が変わってくるでしょう。私たちはこの状況を支えていくために、教育研修サービスやmodeloyのプラットフォームを充実させていきたいと考えています。今回の対談で、コア技術は内製化する、重要ではない部分は外注化する、という区分けがますます重要になってくると感じました。こうした区分けについてもアイデミーのサービスを通じてサポートしていきたいと考えています。

Wagrez氏:石川さんの言うようにAIの民主化は大きなテーマです。AIの技術も簡単に使えるものが増えてきています。そうした中で、どのデータをどれくらいの量を用意するか見極めていく力が求められてくると今回石川さんと対談して改めて感じました。本日はありがとうございました。

石川聡彦
アイデミー 代表取締役社長
東京大学工学部卒。同大学院中退。研究・実務でデータ解析に従事した経験を活かし、法人向けAIシステムの内製支援クラウドソリューション「Aidemy Business」、機械学習モデル運用プラットフォーム「modeloy」を開発・運営している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)など。「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」選出。
Cedric Wagrez
ライオンブリッジジャパン AI事業部長
フランス出身。開発ツールの会社(インフラジスティックス)、オンラインプラットフォーム(Gree)、受託開発の会社を含めて、日本のIT企業で15年以上の経歴を持つ元エンジニア・プロジェクトマネージャー。2016年よりオペレーション部長としてGengoへ参画し、2018年にはGengoがLionbridgeの子会社化。現在はLionbridge AIの日本事業部長に就任。海外顧客との取引経験が豊富で、日本にもベストプラクティスの知識や、革新的なAI導入の支援をすることに関心を持っている。

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