新型コロナウイルス感染症の感染拡大を契機に、テレワークを導入する企業が急増する一方で、在宅勤務という新しい日常生活に寂しさを感じる人が増えている。日立ソリューションズが7月31日、そんな孤独感を解消する仮想オフィスを核とするソリューションを発表したところ、1日当たりの問い合わせ件数が十数件にも上るという。仮想空間上のオフィスを使ってテレワークで失われたオフィスの日常を取り戻せると期待してのことだろう。同社が経験したテレワークから仮想オフィスの可能性を考える。
Walkabout Collaborativeの仮想オフィス
日立ソリューションズが在宅勤務制度を導入したのは2008年のこと。だが、育児や介護などの理由がある社員を対象にしたことで、利用率はわずか1%程度だったという。課長職以上も利用可能だったが、「仕事は会社でするもの」とのテレワークに対する消極的な考え方が根強くあったこともあろう。
業務の効率化、生産性向上に力を入れている同社は次の段階として、コミュニケーション基盤の整備から勤務管理支援、RPA(ロボティックプロセスオートメーション)やAI(人工知能)活用による自動化を推進し、2016年にテレワークやオンライン会議などの導入を決めた。働き場所を在宅、サテライトオフィス、外出先から選択できるようにし、入社3年以上の社員なら利用できるよう制度の改定もする。勤務場所を選ばない、通勤の移動時間がない、仕事と家庭の両立が可能などとテレワークの良さを分かった社員らは「いいね」と賛同する。
だが、いざ自部署や自分自身の導入となると、「顔を見ながらのコミュニケーションができない」「長時間労働になりやすい」「仕事と家庭の切り替えが難しい」「部下がサボるかもしれない」などとさまざまな理由をつけて、テレワークの利用を断ってくるという。そこで、まずSE(システムエンジニア)や製品、営業、人事の4部門100人を対象にトライアルを実施した。結果、不安だった「周囲とのコミュニケーション」や「勤務時間のあいまいさ」「顧客への悪影響」がテレワーク実施後、大幅に解消し、「家庭でも問題なく仕事をこなせる」と利用する社員が1000人、2000人と増えていったという。
テレワークのトライアル実施結果
そこに現れた新型コロナウイルス感染症がテレワークを一気に全社に広げた。日立ソリューションズも「できる限り在宅」でとなり、社員の90%程度がテレワークに移行する。8月に入っても、85%程度の社員がテレワークを続けており、「『在宅勤務は難しい』と主張した人も、できることが分かった」(スマートライフソリューション事業部兼人事総務本部働き方改革エバンジェリストの伊藤直子氏)。社員5000人の活用データも蓄積し、改善に生かす。
ところが、予想しなかった問題が表面化する。毎日のテレワークが寂しさを強めたこと。特にオンライン会議後、自宅での1人作業になると、いっそうの孤独を感じるという。「集中して効率良く仕事ができる」と思っていたテレワークを続ける中で、「周囲のざわざわ感がない」ことに気付き不安になる。リアルなオフィスなら「ちょっといいですか」と上司や同僚、部下に声をかけて相談したり、雑談したりできる。出社すれば「おはよう」と気軽にあいさつもする。そんなフェースツーフェースがなくった4月、5月、6月と月を追うごとに孤独感を訴える社員が増えていったという。
新型コロナウイルス感染症の収束後、全社員がリアルなオフィスに出勤するのだろうか。全社員を集める必要があるのだろうか。複数のアンケート調査によると、テレワークを経験した7~8割の人が「今後も続けたい」と答えている。企業の多くも元には戻らないと思っており、例えば、日立製作所は週2~3日出社し、半分を在宅勤務とする方針を打ち出す。同社に準じる日立ソリューションズもその方向にあるのだろう。深刻化する孤独感の問題を解決しなければ、テレワークを前に進められない。
そこに、日立ソリューションズが雑談やザワザワ感、一体感などを仮想空間で再現する仮想オフィス(米Walkabout Collaborative)に着目した理由がある。同社によると、オフィスの何気ない日常を可視化し、分散する社員が一緒に仕事をしているかのような一体感を醸成する仕組みの仮想オフィスにログインすれば、誰が出社しているか、誰と誰が会議室で打ち合せしているか一目で分かる。オフィスのフロアを俯瞰(ふかん)し、人の動きを感じられるというわけだ。
分散する職場の同僚と同じ場所で、仕事をしているかのような感覚になり、不安や心配を解消できるという仮想オフィスの導入が進めば、次の段階はオフィスの在り方、さらには雇用形態の見直しなどへと進むのだろう。日立ソリューションズがどんな解を出すのか注目する。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。