SAPは10月14~15日、フロントオフィスにフォーカスしたイベント「SAP CX Live 2020」をオンラインで開催した。目玉として、顧客データプラットフォーム「SAP Customer Data Platform」を発表、先に買収計画を発表したEmarsysとともに、コマースを中心としたCX(顧客体験)のビジョンを実現する。
同社は、コマース、マーケティング、セールスなどを「SAP Customer Experience(SAP CX、旧名称はC/4HANA)」として提供している。買収したコマースのHybrisを中心に、SAPの既存ソリューションなどを組み合わせたもので、「SAP Sales Cloud」「SAP Service Cloud」「SAP Commerce Cloud」「SAP Marketing Cloud」「SAP Customer Data Cloud」ーーの5つのクラウドサービスで構成される。

SAP CEOのChristian Klein氏
基調講演に登場したSAPの最高経営責任者(CEO)、Christian Klein氏は、まずSAP CXの顧客数が1万5000、パートナーは1000を超えたと述べた。SAPが掲げる「インテリジェントエンタープライズ」におけるSAP CXの位置付けとして、「SAP CXはインテリジェントエンタープライズの一部であり、重要な役割を果たす」と話す。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、感染拡大防止のために物理店舗が閉店を余儀なくされ、オンラインへの移行が急速に加速した。ECを実現するコマースは、SAP(旧Hybris)が得意とするところでシェアも大きい。「コロナ禍以降、われわれは業界平均の2割増しで顧客を増やしている」とKlein氏。
ここではSalesforce.com、Adobe Systemsなどと競合するが、Klein氏はSAPの強みとして、インテリジェントエンタープライズの一部であることを強調する。
ECサイトを開設しても、顧客のパーソナライズができなければ長期的な顧客との関係を構築できない。「見栄えのいいECサイトを構築しても、それだけでは何の価値も生まない」とKlein氏はいう。在庫・配送などとの連携なしには、ECを通じて顧客と長期的な関係を構築することはできないとする。さらには、「企業の中だけでなく外にもデータが流れる全体的なビジネストランスフォーメーションが必要」と述べた。
Klein氏は、「CXだけに取り組んでもうまくいかない。インテリジェントエンタープライズの一部としてCXを考える必要がある」とし、SAPはERP(統合基幹業務システム)、SCM(サプライチェーン管理)などのバックエンドも持ち、フロントのみを提供する競合との違いを示唆した。
Klein氏は、SAP CXの差別化としてハイパーパーソナライズ、シームレスで意味のある顧客体験、どこでも体験が得られるーーの3つを挙げる。ここで重要になるのが、イベントで発表した顧客データプラットフォーム(CDP)の「SAP Customer Data Platform」だ。

SAP CDPのダッシュボード。SAP CXだけでなく、Qualtricsの体験データ、ERPなどのバックオフィスを含む全ての顧客とのやり取りを一元的に見ることができる
SAP CDPは、SAPが2017年に買収したID管理のGigyaの技術(「SAP Customer Identity and Access Management」「SAP Enterprise Consent and Preference Management」)が含まれている。Gigyaがファーストパーティーデータを得意としていたこともあり、2019年秋からSAP CX事業を率いるBob Stutz氏は、CDPの部品はそろっていたと述べた。

SAP CX プレジデントのBob Stutz氏
満を持して登場したSAP CDPだが、他社同様CDPはマーケティングが最大の用途になるとしながらも、コマース、セールス、サービスなど全てに関係するとも述べる。「企業の全組織が統合された顧客のプロファイルを見ながら、データから得られた洞察を利用できる」とStutz氏。オンラインだけでなく、オフラインのプロファイルも統合する必要があると続ける。
Stutz氏は、SAP CDPの特徴として在庫管理やサプライチェーンなどバックオフィスとの連携、GDPR順守をはじめとしたデータのプライバシーと管理機能などを挙げた。
オンライン、オフラインの境界があいまいになった現在、SAPが掲げるのは「コマースEverywhere」だ。SAP CXで戦略トップを務めるAdrian Nash氏は、「アプリケーション、ソーシャル、EC、店舗など顧客はどこでも買うことができ、どこでも自分に個別化されたプロモーションが受けられる」と説明する。これにより、顧客は真の選択の自由が得られると続けた。「実現にはフロントオフィスとバックオフィスのデータが同期されている必要がある」とNash氏は言う。
コマースEverywhereの実現に当たって、最新のSAP CDPとともに重要とするのが、SAPが10月1日に発表計画を明らかにした「Emarsys」だ。Emarsysは、オムニチャネルの顧客エンゲージ技術で、Stutz氏は「顧客は1対1のインラタクションを、さまざまなチャネルでシームレスにできる」と説明する。これらを活用しながら、コマースEverywhereの実現に向けて強化を続けるとした。

フロントだけでは優れた顧客体験は提供できない、とSAP。バックエンドとの連携を差別化とする
イベントでは多数の顧客事例が紹介されたが、その1つがオーストラリアのヘルスケア卸売業で小売チェーンを持つSigma Healthcareだ。同社は、SAP Commerce Cloudなどを利用してBtoBの受注プラットフォームを刷新した。
それまでの受注システムではファクシミリも使っており、時間やコストがかかるだけでなく間違いも多かった。そこでSigma Healthcareは、SAPのCommerce Cloudを使って顧客ポータルを構築、顧客はセルフサービスで発注できるようになり、価格などの透明性も強化した。全体へのプロモーションだけでなくサプライヤーの割引などを用意していることから、価格は640万通りあり、顧客は最新の正確な価格情報を得られるようになった。加えて、SAP Qualtrics Customer Experienceを利用して顧客体験の洞察を得て、改善を図ったという。
「初年度でポータルを利用する顧客比率は95%」になり、売り上げの30%がオンラインになった。顧客のフィードバックに対応することで、NPS(ネットプロモータースコア)は49にアップした」という。