庭山一郎「戦略なきIT投資の行く末」

作ったパッケージが売れないメカニズム

庭山一郎 (シンフォニーマーケティング)

2020-10-20 07:00

 「時代の流れ」には、大きな本流とそこから派生する支流があります。この30年をビジネスシーンで見れば、その本流は「サービス化」の流れでしょう。ハードウェアであれソフトウェアであれ、製品そのものを販売することから、保守やリモート監視などのサービスを付加し、さらにそうしたサービスによって削減された逸失利益や節約された設備投資などを原資として課金するという言わば「価値を提供」するモデルが出てきました。さらに、販売する製品そのものをサービス化するという流れは1980年代にGE 最高経営責任者(CEO)のJack Welchがけん引した米国の製造業から始まり、やがてIT産業をものみ込んでいきました。

 そのIT産業には、企業や公共に対してカスタマイズでシステムを構築するSIer(システムインテグレーター)と、汎用的なパッケージを販売するパッケージベンダーが存在し、両者は近くて遠い存在でした。SIerから見れば、パッケージベンダーは自社が顧客用に構築するシステムのパーツメーカーであり、プラットホームメーカーです。

 一方のパッケージベンダーから見れば、SIerは自社製品を販売する際の、他システムとのつなぎやハードウェア、バックアップや冗長化などを担当する販売&技術パートナーでした。しかし、そういう近い関係にありながら両者は驚く程体質が異なり、企業文化もマーケティングスタイルも営業手法もまるで違うものに進化しました。住宅建築で言えば、一軒ごとにフルカスタマイズで建てる工務店と、規格品を工場で生産する住宅メーカーの違いと良く似ています。

 両者は同じIT産業の中で共存していましたが、そこにサービス化の流れが来ました。「手組み」と呼ばれた業務システムはパッケージに置き換わり、それが「SaaS」という名前の課金モデルになり、さらに「クラウド化」によってハードウェアを持つ必要がなくなりました。企業や公共の超大型案件は別にして、民間企業の業務アプリケーションの大半はクラウド化されたパッケージになっていくことはもはや疑う余地がありません。

 収益性で見ても、ソフトウェアのパッケージほど高収益のビジネスモデルは多くありません。製品として完成してしまえば直接原価はないに等しく、高収益で拡大することにより研究開発や機能開発に投資できます。Microsoft、SAP、Oracle、Adobe、Salesforce.comなど世界のIT産業をけん引する企業はみなこのビジネスモデルです。

 これを近隣居住者として間近に見ていたSIerには、いつか自分たちもパッケージ製品を持ちたいという潜在的な願望がありました。実際、超労働集約で顧客に振り回されるSIプロジェクトの現場から見れば、ヒットしたパッケージを持つベンダーの姿は夢のように見えたはずです。

 サービス化という世界の大きな流れと、年々難易度が上がるプロジェクトマネジメント、採用、研修、定着という恒常的な人の問題などを背景に、多くのSIerが永年の開発で培った得意分野のパッケージを作ったのは当然の流れであり、経営戦略としても正しかったと言えるでしょう。

 しかし、SIerとパッケージベンダーは、見た目はよく似ていますが実は全く異なる生き物です。SIという課題解決に必要なノウハウや技術を柔軟に売るビジネスと、製品としてパッケージを売るビジネスでは実施するマーケティングも必要な営業スキルやスタイルも全く異なり、必要な人材の特性も違います。

 つまり多くのSIerは、パッケージを作ることはできても、それを売るためのノウハウや体制、人材を全く持っていないのです。

 そして業務パッケージは、高度なマーケティングを駆使しないと売ることはできません。MicrosoftやSAP、Salesforce.comなどが世界中にどれほどのマーケティング組織と有能な人材を持ち、マーケティング部門に予算と権限を付与して投資を行っているかを日本のSIerは知りません。彼らの製品に引けを取らない製品を作りさえすれば、そこそこは売れるはずだと無邪気に信じています。

 その結果、リリースはしたもののさっぱり売れずに、売れない原因も分からないまま放置され、会社が利益を出した年に資産計上していた開発費を特別損失で処理して節税に貢献して終わり、というパッケージが今までどれだけ存在したか数え切れないほどです。

 「リリースしたパッケージが売れなくて困っています」という相談が弊社に持ち込まれた場合、その処方せんは「マーケティングの基本設計から引き直す」ことになります。顧客は一刻も早く売り上げを作らないと開発中止に追い込まれると焦っていることが多いのですが、その製品が勝てる土俵を探すまではマーケティングを始めるべきではありません。

 実は同じカテゴリーのパッケージでも、基本設計は違うものになることが多いのです。業界1位と3位では全く異なるマーケティングが必要ですし、導入単価が違えば販売チャネルを変えなければならず、それによってマーケティングの設計も全く違うものが必要になります。

 例えば、そのパッケージから得られる売り上げが300万円以下なら直販営業で販売することは不可能です。営業にとっては、自分の年間売上予算を達成することが何よりも重要ですから、パッケージを見た瞬間、これを売って自分の予算を達成するためには何社から契約を獲得しなければならないかを計算します。実は販売や導入に掛かる手間は300万円でも3000万円でも変わらないことが多く、その理由で安いパッケージは営業から敬遠されることが多いのです。

 筆者は年間の商談単価が300万円以下なら販売チャネル(販売代理店)の利用を推奨します。代理店であれば、自社の顧客を担当営業が定期巡回してメンテナンスする体制ができているため、クロスセル商材は多いほど良いのです。ただし、販売チャネルを使う場合でも、商談単価が年間60万円、月額で5万円を切るような商材では営業の動きは悪くなります。営業も月額5万円の商材に手間を掛けたくないのです。そこで、年間で60万円以下の商材であればインサイドセールスやEC(電子商取引)サイトを組み合わせたインバウンド的な設計が必要になります。

 こうしたその商材やサービスが「勝てる土俵」を探し出し、定義して、そこへの戦術的なアプローチを考える工程はとても重要で、これを省略すると「勝てない土俵」にのこのこ上がって負け続けることになります。残念なことに日本企業の製品やサービスの大半は「勝てない土俵」で四苦八苦しているのです。

 さて、あなたの会社のパッケージが勝てる土俵はどこですか?

庭山 一郎
シンフォニーマーケティング 代表取締役
1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスのアウトソーシングサービス、研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。

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