ワークスアプリケーションズ(ワークス)が、SaaS事業を本格的にスタートする。現場の生産性向上ツール群「HUE Works Suite」と、企業の情報資産の電子化支援およびデータの有効活用サービス群と位置付ける「HUE Works Suite DX Solutions」を製品化。まずコラボレーション型表計算のウェブサービス「Enterprise Spreadsheet」や証憑電子データ管理ツール「EBM」など5製品を提供、今後ラインアップを拡充する。
ワークスアプリケーションズ 代表取締役最高執行責任者(COO)の秦修氏
ワークスアプリケーションズ 代表取締役最高執行責任者(COO)の秦修氏は、「この3年間は守りの期間だったが、新たなステージに向けて再加速する体制が整った。SaaS事業は、いまは苗木のような状態だが、これを大きな柱に育てたい」と意気込む。
同社は1996年に設立。人事給与の「COMPANY HR」、会計の「COMPANY AC」、サプライチェーンマネジメント(SCM)の「COMPANY SCM」などを製品化した。多種多様な業務や機能要件に対応し、日本独自の商習慣を汎用化した網羅性の高い標準パッケージとして提供する特徴を持つほか、無償バージョンアップの仕組みを導入したり、個別カスタマイズを一切行わないため、追加コストが不要であったりという点などが評価され、2011年には、国内大手企業向けERP(統合基幹業務システム)パッケージ市場で高いシェアを獲得するなど存在感を発揮してきた。2014年には、大手企業向けERP「HUE」を発表、クラウドサービスにも乗り出していた。
だが、その後に先行投資の拡大などが影響して業績が悪化。2019年に会社分割で人事関連事業をWorks Human Intelligenceに売却、ワークスアプリケーションズは会計およびSCM事業を継続しながら経営体制を刷新し、2020年7月には従来のCOMPANYシリーズの会計およびSCM製品を「HUE Classic」に改称していた。現在は326企業グループ2200社以上が導入しているという。
秦氏は、「2019年6月期の最終損益は344億円の赤字だったが、2020年6月期には、売却益を含めて673億円の最高益を達成した。純資産も債務超過からプラスに転じ、この1年で財務基盤が盤石になった。HUE会計は、2020年1月に大規模案件が稼働し、SCMでも大手ゼネコン向けの商談が進み、2021年前半にも稼働する予定だ。グループウェアのAriel Air Oneもコロナ禍で導入が増えている。この3年間は守りの期間だったが、新たなステージに向けて再加速する体制が整った」と話す。HUEでは、建設業向け、私立大学向けなどの業種展開を強化。オンプレミスとクラウドのハイブリッド提案も強みにしていく考えだ。
こうした中で新たに踏み出したSaaS事業は、新体制下で経営体質が強化され、アクセルを踏むことができる状況に転換したことが背景にある。「新体制でも中堅や若手の社員の多くが残ってくれ、内部昇格による執行役員体制を敷くことで経営と現場の距離を短くし、現場力を強化した。製品部門も開発から保守に至る部門連携を強化した。現在は国内で800人の社員のほか、中国・上海、シンガポール、インドの開発部門を含めて、2500人体制となっている。ERPやグループウェア/ワークフローに続く事業の柱にSaaSを位置付けたい」(秦氏)
SaaS事業の推進で重要な役割を果たす拠点の一つが、2017年に設置した、「ワークス徳島人工知能NLP研究所」だ。ジャストシステムに在籍した研究者などで構成された、自然言語処理に特化した研究部門であり、AI/NLP(Natural Language Processing = 自然言語処理)分野における国内トップクラスのエンジニアが在籍している。同社がSaaS事業を本格化させる上で、同研究所の存在は重要である。
ワークス徳島人工知能NLP研究所(ワークスアプリケーションズ提供)
ワークスは、SaaS事業においてHUE Works SuiteとHUE Works Suite DX Solutionsを提供するが、このうちHUE Works Suite DX Solutionsで提供する⾃動応答ツール「Chatbot」と、⽂字読み取り/電⼦テキスト化ツール「AI-OCRエンジン」は、同研究所の技術を採用しており、秦氏は「他社との大きな差別化技術になる」と自信を見せる。
同社がSaaS事業を本格化させる理由は幾つかある。1つはマイクロサービスに対するニーズの高まりだ。
オンプレミスを中心としたエンタープライズシステムは、モノシリック(一枚岩)が主流で、機能同士が密結合している結果、部分改修の際にもシステム全体に影響することが一般的だ。そのため、システム改修の際の「影響範囲調査」や「テスト負荷」が大きく、俊敏性やスピードに欠けるという課題を伴う。だが、SaaSで提供されるマイクロサービスは、機能が疎結合することで修正範囲は関連サービスだけになり、テスト負荷も低く、ソフトウェア開発の俊敏性やスピードの向上を図ることができる。その結果、品質向上や改修コストの削減、保守運用の改善につなげられる。
「SaaSは大規模化し複雑化したシステムが持つ課題を改善できるものになる。ERPでは有効なサブシステムや機能を対象に、マイクロサービスに切り替えるといった提案ができるようになる。これはわれわれにとっても有効な提案」と秦氏。つまり、既存ERPのサブシステムをSaaS化し、ここに新たなサービスや機能を追加していくといった提案が可能だ。まずはERP製品内でユーザーに活用されているEBMなどをSaaS化、ERP連携を提案できるようにしたのもそのためだ。
理由の2つ目は、主要顧客層の⼤⼿企業にとどまらず、中堅中⼩企業にも提案を加速するという狙いだ。主力製品のHUEやHUE Classicは大手企業導入が中心だったが、単体利用できるSaaSを提案することで、手つかずの中堅中小企業にもアプローチできるようになる。「大企業の中でデジタル化しても取引のある中堅中小企業が変わらないと、変革の連続性や継続性がなくなる。デジタル化の推進には、大手企業だけでなく、関連する中堅中小企業にも広げる必要がある。その点でも導入しやすいSaaSの提案は大きな意味がある」(秦氏)
SaaS製品は単体利用できるように設計、中堅中小企業が必要な機能をSaaSで導入できる。これは中堅中小企業や現場の変革にワークスのノウハウを生かせることにもつながる。秦氏は、「SaaSは導⼊の⼿間がなく事業ニーズに応じて迅速に活⽤を始められる。ボトムアップで業務効率化や⽣産性向上できる。⼀⽅で、ガバナンスやコンプライアンスの維持に不安を感じるという声も聞いており、ワークスはその課題に対するバリューを発揮してきた。これをSaaS事業でも生かし、ガバナンスやコンプライアンスの強化と同時に生産性向上に寄与できるラインアップを継続的に投入していく」とする。
そして3つ目が、日本企業の業務を“知り尽くした”ERPを提供しているベンダーが提供するSaaSという特徴だとする。ERPで、業務に関わる全ての流れを捉えて機能を開発してきた経験を持つ同社は、マイクロサービスによって提供される機能を一つひとつが独立したものとは捉えずに機能網羅性という観点から捉えている。つまり、業務を考えたソリューション提供が前提で、ここに差別化点が生まれる。「SaaS化により機能網羅性を前提とした形で一つひとつの機能から使ってもらえる。SAPやOracleとの連携提案も可能にし、顧客層を広げたい」(秦氏)