トロントに本社を構えるAI(人工知能)チップのスタートアップ、Tenstorrentは米国時間1月6日、著名なチップ設計者のJim Keller氏を最高技術責任者(CTO)に迎えたことを発表した。このニュースは、AIがコンピューティングにもたらしつつある重大な変化を示していると言えるかもしれない。
Keller氏は最近までIntelでチップ開発に携わっており、その前はAdvanced Micro Devices(AMD)でマイクロプロセッサーのアーキテクチャー改革を率いた。
今回のTenstrorrentへの参加について、Keller氏は次のようなコメントを発表している。「ソフトウェア2.0は長い間、コンピューティングイノベーションの最大の機会となってきた。この挑戦に勝利するためには、コンピューティングと低レベルのソフトウェアを抜本的に考え直す必要がある」
Keller氏はさらにこう続ける。「Tenstorrentは目覚ましい進歩を遂げてきた。市場で最も有望なアーキテクチャーを武器に、次世代コンピューティングの雄となる用意ができている」
Tenstorrentの共同創設者で最高経営責任者(CEO)のLjubisa Bajic氏は、「Jimと仕事ができることを楽しみにしている。このパートナーシップがもたらす可能性に興奮している」とコメントしている。
Bajic氏はさらに、「このビジョンを実行できる人物として、Jim Keller氏以上の適任者はいない。Jimはリーダーであり、コンピューター、文化、組織の全てにおいて素晴らしい設計者だ」と述べ、「コンピューティング革命」の実現に対する同社の意気込みを語った。
AIの新しいワークロード、特にディープラーニング(深層学習)は、コンピューティングそのものを大きく変える可能性を秘めている。SambaNova Systems、Cerebras Systems、Graphcoreなどのスタートアップは、ディープラーニングはコンピューティングの基本原則を書き換えるという考えに基づき、AIトレーニング用のコンピューティングプラットフォームを構築した。
4年前に設立されたTenstorrentは、AIトレーニングという推論作業の処理速度を劇的に向上させるチップの開発費用として、既に4170万ドルを調達している。同社が開発したGrayskullは120コアのプロセッサーであり、このコアは「Tensix」と呼ばれ、AIを利用したディープラーニングで一般的に必要とされる計算(行列演算など)に焦点を合わせている。
ディープラーニングの推論処理の高速化に取り組んでいるチップメーカーはTnstrorrentだけではない。NVIDIAの「A100」チップやIntelの「Habana」に加え、SimpleMachinesやGroqといったスタートアップからも続々と新しいチップが登場するなど、市場は活況を呈している。
2020年春にTenstorrentが発表した初期のGrayskullチップは好意的な評価を得た。例えばLinley GroupのリードアナリストであるLinley Gwennap氏は、GrayskullはNVIDIAやGroqなどのスタートアップのチップと比較して、「素晴らしい」パフォーマンスを発揮したと評している。
TenstorrentのGrayskullは120コアをフル回転させることで、ディープラーニングのワークロードを定義する行列演算を高速処理する(提供:Tenstorrent)
Keller氏は2020年6月に「一身上の都合」でIntelを退職し、その後半年間は同社のアドバイザーを務めることがIntelから発表されていた。
2018年にIntelに入社する前は、Teslaで自動運転システム用のカスタムチップの設計に携わった。しかしKeller氏はむしろ、数々の画期的なプロセッサーの設計者として有名だ。AMDのサーバーや多数のPC向けプロセッサーを支えている「Zen」アーキテクチャーはその一つであり、AppleがKeller氏のチップスタートアップ、P. A. Semiを2008年に取得した際は、Apple初の「iOS」デバイス向けカスタムプロセッサーの開発を率いた。
アナリストのGwennap氏は、Keller氏がIntelに移籍したのは「Sapphire Rapids」(コード名)プロジェクトのためだったと見ている。Gwennap氏の当時の記事によれば、これはIntelが「10年ぶりに一から開発するx86マイクロアーキテクチャー」にはるはずだった。
2020年夏、Keller氏がIntelを去るというニュースは驚きと失望をもって受け止められた。当時、Rosenblatt SecuritiesのチップアナリストであるHans Mosesmanns氏は次のように書いている。「Keller氏の退社は重大事件であり、何であれ彼がIntelで実現しようといたものがうまくいかなかったか、保守的なIntelがその実装を拒んだことを示唆している」
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。