デジタル岡目八目

IT企業の目指すヒントは総合商社にあり

田中克己

2021-02-12 07:00

 「目指す姿のヒントは総合商社にある」――。SCSK 会長の田渕正朗氏は、IT企業の目指す方向をこう説く。ユーザー企業のITシステム構築を支援する立場から、自らデジタル技術を駆使し、主体的にビジネスを展開する事業会社に構造変革することだ。そこに至ったのは、田渕氏が住友商事時代に中期経営計画に携わったことにある。

SCSK 会長の田渕正朗氏
SCSK 会長の田渕正朗氏

 田渕氏が思い出したのは、1980年代後半のこと。ロケットからラーメンまで販売するイメージの総合商社は、メーカーから商品を買って販売する仲介ビジネスを主力にしていたが、メーカーが海外生産を始めたり、顧客と直接取引したりするなどで、ビジネスモデルの変革を迫られていた。

 そんな商社、冬の時代の答えが、自ら事業主体になり、投資や買収をして事業を立ち上げる総合事業会社だった。向こう岸に渡るには「大きなリスクがある」とためらったこともあっただろうが、ついに“ルビコン川”を渡り、商品作りなどの事業会社を次々に設立する。その数は数千社にもなるが、中には失敗したり成長できなかったりして事業会社の入れ替えもする。結果、約1000社程度に落ち着いているものの、今でもいいポジションにいたら売却し、次の投資に振り向けることもするようだ。

 IT企業も同じような構造変革を迫られている。多くのIT企業はユーザーのITシステムを開発・運用するビジネスを展開してきた。受託ソフト開発を展開する中堅IT企業の経営者は「ITは縁の下の力持ちで、それが当社の本業」と、ITシステムの構築支援に存在価値があると言い切る。だが、総合商社出身の田渕氏の目には、「そう割り切っているだけ」に見えるようだ。

 別の言い方をすれば、可能な限り高品質なITシステムを納期通りに納めるリスクを追わない支援ビジネスということ。「業務のことは知らない、知識はユーザーにある」とし、要求仕様を固める責任はユーザーにあるとし、ITエンジニアはユーザーに言われた通りのモノ作りにせっせと励む。支援する立場であって、ユーザーのビジネス領域に入り込むことはありえないということだろう。だが、田渕氏は「自分たちでビジネス領域を線引きしている」とし、“ルビコン川”を渡る時がきたという。

 理由は幾つもある。請負の受託開発の需要は減少傾向にあること。加えて、ITエンジニアを採用するなど、内製化するユーザーも増えている。デジタル技術なしのビジネスはあり得ないからだ。そこに変革への大きなチャンスがある。ユーザーとの協業だけではなく、デジタルに精通するIT企業自ら新しいビジネスを立ち上げることだ。ITサービスを提供したりプロダクトを販売したりする立場から、デジタルを駆使した事業主体になる方向に動き始める。これこそIT企業のDX(デジタル変革)だろう。

 経済産業省が2020年12月に公表した「DXレポート2」でも、IT企業が目指す道として、「ユーザー企業とDXを一体的に推進」ことや「DXに必要な技術・ノウハウの提供」「共通プラットフォームの提供」の3つを挙げている。だが、これらは既に一部のIT企業が手がけており、システム構築事業の改善・改良にとどまるものだ。

 そこで、4つ目に「ITに関する強みを基礎として、デジタル技術を活用して社会における新たな価値を提案する新ビジネスサービスの提供主体となる」と事業主体への道を示した。だが、DXレポート2は事業主体になることを「期待する」にとどめており、IT企業のDX化を積極的に支持しているようには思えない。 

 問題は、多くのIT企業がこれからも受託開発事業で、飯を食えていけるかにある。ITエンジニアが不足し、しつこいがユーザーの内製化が着実に進む。クラウドサービスが拡充し、それらの組み合わせでITシステムを作り上げられる時代にもなる。そうした中で、IT企業は開発効率化を図り、例えば100人月の仕事を70人月でこなし、収益率を高める。

 その一方で、余剰となった優秀な人材を、デジタルを駆使した新規ビジネスの立ち上げに携わせる。総合商社にように、次々に事業会社を立ち上げていき、成長性のない事業会社は売却し、その資金を新規事業創出に振り向ける。合計100社程度になれば、IT企業の事業構造は間違いなく大きく変わっているはずだ。収益源も全く変わっているだろう。

 後は、ITプラットフォームやデジタルの技術・知識をフルに活用するビジネスのアイデアを出すだけ。実現に足りないものがあれば、他企業を巻き込めばいい。IT企業自身のDX化が進まなければ、日本のデジタル技術の開発・活用の進展はないだろう。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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