庭山一郎「戦略なきIT投資の行く末」

かつての敏腕営業は絶滅危惧種になり、セールスはニュータイプの時代へ

庭山一郎 (シンフォニーマーケティング)

2021-02-16 07:00

 前回、SIer(システムインテグレーター)がコト売りに転換できない理由を書きました。オリエンテーションに呼ばれRFP(提案依頼書:Request for Proposal)を渡されるスタイルを「モノ売り」、その数カ月前に顧客社内で課題が発芽したタイミングでアプローチし、顧客と一緒に課題を解決するスタイルを「コト売り」として、コト売りに展開できない理由を「ソリューションブランド」と「課題探知能力(デマンドセンター)」と書きました。

 しかし、SIerにはこれをアナログで実践していた営業が少数ながら存在します。各社のトップセールスと呼ばれる人や、かつてのトップセールスで今は営業部門の役員になっている人たちです。

 私も時々お目にかかりますが、大口顧客を担当し、常に売り上げのトップを走り、毎四半期予算を達成するこうした営業は本当に優秀で、製品やその機能に詳しいだけでなく、礼節を重んじて気配りができる人たちなので、顧客としっかり信頼関係を構築しています。考えてみれば大切な顧客を任される時点でその人は自社の経営幹部から信頼されていますから当然と言えば当然でしょう。

 実は日本のSIerのビジネスモデルは総合建設業とよく似ています。施主の依頼によって、用途や目的、予算に沿って設計・施工し、落成後の引き渡しまで責任を持ちます。土地の地形や地質、環境が異なるので全く同じビルやショッピングセンターは存在しません。SIerも基本的には個別最適化された手組みの業務システムを構築し、その原価構成は原材料と人件費で、多重下請け構造までよく似ています。

 もう一つSIerとよく似た構造のビジネスに労働者派遣業があります。技術者を派遣し、あるいは業務委託契約で顧客企業に常駐させるスタイルで、これも歴史的にとても古いビジネスモデルの一つです。コンテナーが出現する以前の世界中の港には、船荷の積み卸しをするための港湾荷役労働者をあっせんする業者が必ず存在しました。

 SIerの営業スタイルが、売り物がハイテクであるにもかかわらずとても古典的な理由は、こうした古いビジネスモデルと構造的に近いからかもしれません。顧客担当者とゴルフに行ったりお酒を飲んだりして徹底的に懐に入り、ハイタッチでグリップするスタイルで、その究極が「RFPを顧客の代わりに書く」という離れ業です。

 「庭山さん、私の顧客がオリエンテーションで配布するRFPは、実はほとんど私が書いているんですよ」

 これは恐らくアカウントセールスの究極の姿で、良いか悪いかは別にして、コンペで配布されるRFPをそのコンペに参加している1社の営業が書いているとしたら、失注するはずもありません。競合からすればどう転んでも勝ち目のないコンペということになります。

 しかし、私はこうした営業は絶滅危惧種だと思っています。希少種ですから大事にされるべきですが、恐らく絶滅を逃れることはできないでしょう。顧客のカラオケの十八番を知っている、好きなビールやウイスキーの銘柄を押さえている、奥さまの誕生日を覚えている、ゴルフの飛距離を把握している、秘密の隠れ家を知っているなど、私が社会人になった1980年代は各社、各産業のトップセールスはこうした存在でした。これらは膨大な時間を掛けて作り上げた顧客との関係性のたまものであり、これが毎四半期に予算を達成できる源泉でした。

 でも、この技は伝承できません。わずかに生存している最期の世代が現役を退いたら昔語りの存在になります。

 その理由は「時代」です。営業は裁量労働で残業の対象外という時代は終わりました。夜討ち朝駆けはできないのです。社命で接待ゴルフに行けば代休を取らせなければなりません。製薬会社のMR(medical representative:医薬情報担当者)と呼ばれた営業は、顧客である開業医や大病院の幹部医師をグリップするために休日は担当している医師の奥さまの買い物に付き添って運転手をしたり、庭の芝刈りをしたりしていたと聞いたことがあります。今こんなことを強制すればその会社は営業停止命令が出て、芝刈りをさせていた医師も処分される時代なのです。

 一般企業でも若い発注担当者は接待を嫌う傾向が強くなりました。一部の業者に強くグリップされていた上司を反面教師のように見てきたことで特定の業者と深い関係になることを嫌う人が増え、ゴルフをやる人でも、取引先とは行かないという人が多くなっています。接待を受けることは原則禁止、飲食をする場合でも費用は折半という企業も増えています。そしてお酒は仲間としか飲まないという人も増えていて、この傾向が止まることはないでしょう。

 では、営業は必要なくなるのでしょうか? 答えはNOです。

 私は中堅規模以上の企業、つまりエンタープライズBtoBに営業は絶対に必要だと考えています。サブスクリプションモデルと言われる商談単価の低いノンカスタマイズで提供される商材はタクシー広告とウェブ、そしてインサイドセールスで売り切ることもできるでしょうが、他の多くのBtoB商材はやはり営業が顧客担当者とコンタクトして課題や背景をヒアリングし、顧客の課題解決に最適な提案を行いながら販売するスタイルが残るでしょう。

 ただし、その役割を担うのは「俺の客に勝手にメールを送るな」とほえていた絶滅危惧種の古いタイプではなく、新しい時代に対応したニュータイプの営業パーソンです。その最大の特徴はマーケティングとの緊密な連携です。ニュータイプはデジタルテクノロジーを駆使するマーケティングと連携することによって自分の限りある資源を有効に使おうとします。彼らはどんなに優秀であっても人間である以上「肉体」と「時間」の制約から逃れられないことを知っています。

 自分の肉体を移動させて顧客とコンタクトする以上は同時に複数の事業所や部門を訪問はできません。これが「肉体の制約」です。またどんなに顧客と信頼関係ができていても夜中の2時3時に商談はできないし、休日もゴルフならともかく商談はできないでしょう。これが「時間の制約」です。この制約の下で活動する以上、担当している企業の中のごく限られたキーパーソンしかケアできません。ここにデジタルテクノロジーを使うのです。

 現代のマーケティングテクノロジーを活用すれば、顧客企業のどの事業所の、どの部門の、どんな役職の、誰が、今どんな課題を抱え、それを解決するためにどんな情報を収集しているかを知ることが可能です。また自社の製品やサービス、技術が解決した課題を事例として編集し、それを顧客企業内の伝えたい人に同時に正確に伝え、その情報に対して誰がどう振る舞ったかを知ることができます。

 こうしたテクノロジーを駆使するマーケティング部門と密接に連携し、競合が気付く前に担当者にアプローチし、ビジネスチャンスを逃さないのがニュータイプなのです。営業から評価されないマーケティングには存在価値はありません。同様に、マーケティングと連携できない営業が存在することはできないのです。

庭山 一郎
シンフォニーマーケティング 代表取締役
1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスのアウトソーシングサービス、研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。

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