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庭山一郎「戦略なきIT投資の行く末」

IT産業がマーテック導入に失敗し続けた原因と対策

庭山一郎 (シンフォニーマーケティング)

2021-03-09 07:00

 「MarTech(マーテック)」とはマーケティングテクノロジーの略語で、マーケティングやセールスで活用するシステムの総称です。業務アプリケーションの発達は経理・財務、物流、人事・給与などのバックオフィスから始まりました。それが徐々にフロントと呼ばれる営業やマーケティングの分野に進出しCRM/SFA(顧客関係や営業案件の管理)、CMS(コンテンツ管理)、DMP(データ管理)、MA(リード管理)、BI(データ解析)などが生まれ、これらがマーテックを形成しました。米国の物好きな人が毎年その数をカウントしてマッピングしていましたが、最後に見た2019年の時点で10000ブランドを超えるマーテックが存在しています。

 日本でそうしたマーテックを最初に導入するのは多くの場合IT企業で、

  1. ITリテラシーが高い
  2. 付き合いがある外資系企業が真っ先に売り込みに来る
  3. 自分たちが検証して売れそうなら代理店として販売する

などさまざまな理由から導入にチャレンジしますが、成功した例をほとんど見たことがありません。それどころか、多くは活用が始まらないまま塩漬けになってやがて溶けてしまいます。

 私はその原因を「アンゾフの3S」と「データの軽視」だと考えています。それぞれ説明しましょう。

アンゾフの3S

 Igor Ansoff(イゴール・アンゾフ)博士をご存じでしょうか? 1918年にロシア極東のウラジオストックで生まれ、後に米国に移住し、ブラウン大学で応用数学の博士号を取得した後、ランド研究所で研究者として実績を重ね、その後Lockheedの技術担当副社長に転身してビジネスパーソンとしても成功し、カーネギーメロン大学で再びアカデミックの世界に戻り、以後は世界の経営戦略論をリードする多くの論文や著作を発表しました。マーケティングの世界で今でも使われるアンゾフマトリクスなどを残した人でもあります。

 そのAnsoff博士が「3S」を提唱しています。これは「戦略(Strategy)」「組織(Structure)」「システム(Systems)」の頭文字をとったモデルです。

戦略(Strategy)

 戦略とは、目的を達成するために行う基本的な経営資源の再配分です。ですから戦略を立案するにはまず目的が定義されていなければなりません。マーケティングが経営と表裏一体な理由はこれです。企業の目的が正しく定義され、それが共有されない限り戦略は構築できず、戦略の存在しない戦術は「ただの動き」であってお金やリソースは消費しますが何の成果も上げることができません。また戦術を持たない戦略は「絵に描いた餅」で、決して実現することはありません。実はマーテックを導入したIT企業で「それで実現しようとした戦略はどんなものですか?」と質問した時に納得できる答えが返ってきたことがありません。多くの場合は目的も戦略も無いのです。

組織(Structure)

 戦略を構築したら、それを実現するために質、量ともに十分なスキルを備えたチームを作らなければなりません。そういう意味では「戦略を実現するための最も重要な戦術が組織」と言えるでしょう。特にマーケティングはプロフェッショナルの世界です。3年でローテーションするようなゼネラリストが担当するには専門性が高過ぎると私は考えています。マーテックを導入して活用できずにいるIT企業で「これはプロが使うマーケティングツールですが、これを使いこなすスキルを持ったチームはどこにいますか?」と質問した時の多くの答えは「いません」なのです。

システム(Systems)

 戦略と組織が定義され用意されていれば、それがそのまま「要件定義」になります。何をするためのシステムか、誰がどう使うシステムなのかが明確に定義できていれば機能からインターフェースまでどうでなければならないかは判断できるはずなのです。 逆にどんな素晴らしいシステムを導入したとしても、それを使う目的も、戦略も、十分なスキルを備えた組織も存在しなければ生かせるはずもないのです。

データの軽視

 もう一つの原因はデータの軽視です。IT産業の人達はシステムの機能やデータベースには興味がありますが、中に格納されるデータについてはほとんど無関心です。しかしマーケティングを実施する場合、入れ物よりも中身がはるかに重要なのです。

 BtoBマーケティングの世界でBI(ビジネスインテリジェンス)と呼ばれるデータ解析の最先端は「プレディクティブアナリティクス」という未来予測エンジンです。社内に蓄積したさまざまなデータと外部のセカンドパーティー、サードパーティーデータをひも付けたり混ぜ合わせたりして分析することで、「どの企業」が「どの分野」に「いつ」「どの規模」で投資するかを予測するシステムですが、その検証のために日本企業が用意した社内データが呆れるほど汚いのです。企業の名寄せ、個人の名寄せ、企業と個人のひも付け、属性情報の付与などの基本的なデータマネジメントができていないので、社名の表記揺れが多く、個人も漢字表記の揺れで明らかに同じ人間が複数存在したり、乱暴にメールアドレスだけをキーにして寄せたために違う人間を一人に寄せたりして、おかしな行動履歴になってしまっています。極論すれば解析する価値の無いデータなのです。

 IT産業でもMA(マーケティングオートメーション)を導入する企業が増えましたが、そこに格納されているデータを眺めてみると、その企業のマーケティングへの取り組みが透けて見えてしまいます。どんなにマーケティングが大事だ、マーケティングを強化してきた、投資を重ねてきたと言っても、データは誤魔化せません。その企業の保有するリードデータの状態が真実を物語ってしまうのです。

 そういう意味ではIT産業の企業で、企業サイズや社歴に相応しいレベルの健全なデータを保有している企業はほとんどありません。数年前までBtoBマーケティングの世界では良い状態で管理されているデータを「洗練された」という意味で「Sophisticated Data」と呼んでいました。しかし現代ではこの呼び方が「健全な」という意味を含んだ「Hygiene Data」になっています。

 では、この対策はどうするべきでしょうか?

 私はSIer(システムインテグレーター)を含むIT産業がマーテックの導入に成功し成果を上げるためには、アンゾフの3Sとデータの重要性を再認識し、企業戦略に取り組むべきだと考えています。目的を定義し、その目的を達成するための戦略を立案し、戦略を実行できるスキルを備えたチームを編成し、戦略と組織を要件定義にしてシステムを選定すること、これに尽きるのです。そしてその戦略の中心にデータを置くべきです。本気でマーケティングに取り組み企業が最も気を配るべきなのは、システムの機能でも、検索エンジンのアルゴリズムでも、新たなマーケティングサービスでもなく、自社で眠っている顧客・見込み客データの状態と可能性なのです。

庭山 一郎
シンフォニーマーケティング 代表取締役
1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスのアウトソーシングサービス、研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。

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