野村総合研究所(NRI)は、デジタル変革(DX)がプロセス変革の「DX 1.0」からビジネスモデル変革の「DX 2.0」、社会変革の「DX 3.0」へ進展すると考えている。だが、問題が表面化した。デジタル領域における日本社会の出遅れだ。理由は幾つかあるが、1つはデジタル化をリードすべきSI(システム開発)企業にある。NRI研究理事の桑津浩太郎未来創発センター長は「言われたものを作るSI企業は部品メーカーだ。品質など重要な役割はあるが、何をやるのか決めるのは部品メーカーではない。多重構造における下請けに出番はない」と指摘し、DX 3.0を手がけるデジタル企業への変革を説く。
新型コロナウイルス感染症の拡大が日本社会にデジタル化の遅れを突き付けた。接触確認アプリの開発遅延やファクスによる感染者管理、手作業による10万円給付金の事務など、政府のコロナ対策に失望した国民は少なくないだろう。ますます複雑になる行政手続きが手書きなら、入力ミスや処理遅れが起きるのは当然のこと。デジタル基盤という社会インフラを整備してこなかったからだ。
マイナンバーカードが分かりやすい例になる。制度内容に課題はあるが、そもそも社会制度の仕組みがデジタルに対応していないのに、いくら推し進めても広がるはずはないだろう。桑津氏は政府だけに問題があるわけではなく、国民や企業の社会インフラへの理解にもあったという。もちろんSI企業がどんな提案したかにもある。
そこに現れた新型コロナウイルス感染症がデジタル化を喫緊課題に浮上させた。コロナ禍という災害への対策にデジタルを生かし、働き方を改革したり、非接触ビジネスを創り出したりし、行動制約の中での経済の活性化を実現させるためだ。ワクチン接種、感染者接触、感染地域などの感染対策によって、制限も段階的に開放していく。例えば、イベント人数制限が50%ならワクチン接種者の入場を可能に、制限10%なら接種者以外に広げるなどだ。そのために、陰性証明などの機能を持たせた中国の健康QRカードのような証明書、パスポートを発行する。「プライバシーや差別などから、日本では難しい」と、否定的な意見は少なくないが、有事におけるデジタル活用を考えることは重要に思える。
デジタル化の加速を求めるのは、新型コロナウイルス感染症だけではない。貧困や飢餓、エネルギー、気候変動など持続可能な開発目標(SDGs)のデジタル活用が議論されている。特に二酸化炭素などの排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにするカーボンニュートラルは想像を絶する勢いで、対応遅れは日本に大きなダメージを与えると言われている。サーキュラーエコノミー(循環型経済)も出遅れる。使ったら捨てるごみ処理問題に力を入れて、回収・再生の仕組み作りに手間取っている。「コスト高になる」と対応策を先送りする企業もある。
NRI研究理事の桑津浩太郎未来創発センター長
だが、桑津氏は「SDGsのための仕組みにデジタルが大きな役割を果たす」とし、SI企業の出番があると主張する。環境問題の解決には、さまざまなデータを収集、分析する必要がある。その社会インフラとなるデジタル基盤を作り、普及に取り組む。マイナンバーカードから分かるように、「システムを作ったら、終わり」ということではない。SI企業の社会的責任を認識し、経営者らはより重要な役割を担っていることを理解する。
SI企業を取り巻く環境変化も、デジタル化を求める。極端に言えば、これまでのSI企業は黙っていても成長を続けられた恵まれた産業だった。次々に新しい商材も生まれる。セキュリティ事故が発生すれば、その対策ビジネスが舞い込む。税制が変われば、システム更新案件が増える。企業や自治体が同じようなシステム作りを個別に発注してくれていた。だが、システムの共通化、共有化がどんどん進み始めている。自治体のシステムもいずれサービスメニューから選択するようになるだろう。自治体だけではなく、金融機関の集約化も進むだろう。桑津氏は「古いマンションは部屋ごとにエアコンを取り付けたが、セントラルヒーティングで室外機がいらなくなる」と、従来型SIビジネスの減少を予測する。
結果、SI企業もDX化を迫られる。新型コロナウイルス感染症は働き方改革を5年、10年先に進め、SI企業のテレワークは他産業に先んじ、今も在宅勤務率は6割以上と高い。桑津氏は「生産性は一時的に下がるかもしれないが、ネットワーク前提で開発を完結させる。そこに、SI企業の希望がある」と、テレワークとともに、アジャイル開発をしたり、副業を認めたりするなど働き方や開発方法の先頭を走り続けることを説く。SIビジネスを就職先の候補になかった学生がデジタル企業への入社を希望するなど、3K(きつい、厳しい、帰れない)のイメージも完全になくなる。
実は、ヤフーなどネット系企業は短期間勤務、副業などを既に実践している。デジタル企業は出遅れないことだ。「社員へ目が届かないので、出社する」「ウェブ会議に上座がほしい」などと、経営者や管理職は間違っても馬鹿げた要求をしない。
「テレワークを自然なものにすることは、社会的な地位を取り戻す、千載一隅のチャンスだ」と桑津氏は語る。デジタルを使わない企業は存在しない。だからこそ、デジタルを生業とするSI企業はさらならデジタル化にアクセルを踏み、社会課題の解決に積極的に参画する。「ユーザーと直に語る。ティア2ではなく、ティア1の一角にいてほしい」と桑津氏は、目指す道を示す。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。