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クラウドサービスで世界に挑むフィックスターズの次の一手

田中克己

2021-04-16 07:00

 「グローバル市場に打って出る」――。こう決意し、海外市場の開拓に乗り出す日本のソフトウェア会社は少なくないが、大成功した例を聞いたことはない。マーケティングや研究開発費などの資金調達や高度IT人材の獲得の難しさに加えて、大手ITベンダーを頂点とする産業構造など克服すべき課題が数多くある。分かりやすく言えば、スタートアップ企業を育成、成長する環境が整っていないということだ。

 そんな中で、マルチコアCPUを効率的に利用するためのプログラムを受託開発するフィックスターズがクラウドサービスに乗り出した。代表取締役社長でCEO(最高経営責任者)の三木聡氏は「BtoB(対法人取引)向けのSaaSで、海外進出した例は少なく、勝った例もない」と前置きし、「参入障壁の高い技術」なら可能性があると考えて、受託開発で培ったノウハウを生かして開発したクラウドサービスに活路を見出す。日本発のクラウドサービスがグローバル市場でどう戦うのだろう。

フィックスターズの代表取締役社長でCEOの三木聡氏
フィックスターズの代表取締役社長でCEOの三木聡氏

 2002年8月に創業した同社は、NTTドコモのiモード向けアプリの開発などからスタートする。三木社長は「グローバルで戦えるテクノロジー会社」として、同社を立ち上げたものの、iモードアプリの開発ビジネスでつまずいてしまった。そんな時に出会ったのが、IBMやソニー、東芝らが共同開発したマルチコアCPU「Cell」になる。同氏は経営資源をCellに集中させ、同CPU上で稼働するアプリを高速化するプログラムの受託開発を請け負い始めた。その後、家庭用ゲーム機の高速化やCellを搭載した拡張ボードの販売などにビジネスを広げていく。

 ところが、Cellの開発が中止になる。リーマンショックも重なり、三木社長が描いた3年での上場が難しくなってしまった。そこで、マルチコアCPU向けにアプリを最適化することで数倍から数十倍に高速化するプログラムの受託開発に乗り換える。対象のデバイスもCPUからGPU、FPGAなどに広がり、業績を順調に拡大。2014年に東証マザーズ、2016年に東証一部への上場を果たす。

 フィックスターズは次のステップに向けて、売上高を2020年9月期の約58億円から2023年9月期に100億円にすることなどを盛り込んだ中期経営計画を2020年10月にスタートさせた。それをけん引するのが2023年9月期に30億円超の売り上げを見込むクラウドサービスになる。目下のところ、クラウド上のエッジAI(人工知能)開発環境「GENESIS」と、最適化問題を解く量子アニーリングのアプリ開発環境、コードレビューの自動化ツール、AIを用いた乳がんの画像診断支援の4つのクラウドサービスを用意する。

 GENESISは、エッジAIアプリ向けのノーコード開発プラットフォームになる。アプリ開発から最適なデバイスの選定、性能評価までを自動化し、開発を効率化するもの。同社のデータセンターに設置されたIntelやGoogle、Nvidiaなどの複数のハードウェアを利用でき、ユーザーが自前で機材を用意するよりも開発を10倍、性能を15倍に高速化できるという。

 同社によれば、AIチップの出荷量が急増する半面、AIアプリを最適化するITエンジニアは不足している。そうした背景から、IoT向けアプリ開発を可能にするGENESISの需要拡大を見込めると読み、2023年9月期に10億円の売り上げを計画する。

 もう1つは、組み合わせ最適化問題を解決する量子アニーリング向けのマシンとアプリ開発環境を提供する「Amplify」。量子アニーリングのアプリ開発をするITエンジニアを増やすために研究・開発の利用を無償にする。三木社長によれば、アプリ開発には量子や数学などの専門知識が必要になり、しかもハードウェアごとにアプリ作りやインターフェースが異なり、使いこなすのが難しい。そうした課題を解決し、ITエンジニアが各社ハードウェアを意識せずにアプリ開発に取り組めるようにしたのがAmplifyだという。

 対象となるハードウェアは、同社が用意したGPU上のアニーリングマシンと、カナダのD-Waveや東芝、富士通、日立製作所の量子アニーリングマシンなどになる。運用段階の料金は、GPU上のアニーリングマシンなら月額10万円(共有サーバー、1システム)と、「リーズナブルな料金にした」(三木社長)。こちらも2023年9月期に10億円の売り上げを見込む。

 同社は、とんがった技術開発に必要な高度IT人材の獲得にも力を入れる。CUDAなどのGPU向けのプログラミング環境を使いこなせたり、ハードウェア設計に興味を持っていたりするエンジニアだ。だが、GPUなどの研究やシミュレーションの高速化などに取り組む学生は少ないという。そこで高速化技術の専門会社として認知度を高め、インターンなどを通じて学生らを発見、採用していく。

 3人でスタートしたフィックスターズは従業員約250人になり、1人当たりの売り上げもおよそ2400万円と、業務系システムの受託開発会社の1.5倍から2倍になる。高速化の対象デバイスもAIチップなどへと広がれば、受託開発もクラウドサービスも需要拡大を期待できるだろう。だが、受託開発から製品会社になった例はほとんどない。カギとなるのが研究開発やマーケティング、人材育成の投資だ。

 同社の研究開発費は年1億円から2億円へと増えているが、グローバル展開する米スタートアップ企業らは10億円、いや100億円の資金を調達し、潤沢な研究開発費を確保する。50歳になる三木社長は「シリコンバレー風に資金を調達し、赤字ですとは言えない」と上場会社の現実を語る。とんがった高速化などの技術をグローバル市場にどう売り込むのか、これからになりそうだ。

(※2021年4月16日更新:「GENESIS」「Amplify」に関する記述について一部事実と異なる箇所があったため削除、変更しました。)

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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