「ひとり情シス」の本当のところ

第30回:デジタル変革にはほど遠いひとり情シスの中堅企業

清水博

2021-04-27 07:00

大手企業も遅れるデジタル変革

 昨今発表されているデジタル変革(DX)の進行状況に関する調査レポートを見ると、大手企業でもDXには苦戦している様子がうかがえます。DXに成功した企業や結果に満足している企業は、全体の10%未満です。また、中堅中小企業ではさらにデジタル化が遅れているという指摘があります。経営層の方にお会いしてみたところ、デジタル化への意向は強く感じる方も少なくありませんでした。しかし、人的リソースや資金などの投資の優先順位ではデジタル化がトップに上がりきらないという実情があるようです。

 現在のコロナ禍でリモートワークやBCP(事業継続計画)などが盛り上がり、デジタル化が加速しました。しかし、リモートワークは大手企業のプロフェッショナルジョブの一部にとどまり、中堅中小企業では通常勤務に戻ってしまいました。BCPが具備された企業は過去の例から見てもあまり多くありません。誰でも喉元を過ぎれば忘れてしまうものです。デジタル化の盛り上がりは一時的なものに過ぎず、企業戦略レベルではDXが組み込まれていないようです。

デジタル戦略の幻像

 そこで、ひとり情シス・ワーキンググループが2020年12月に実施した「ひとり情シス実態調査」と「中堅企業IT投資動向調査」では、経営層が「中期経営計画を組み込んでいる」「社内にIT・デジタル化の具体的なメッセージを出している」など、企業の今後の方針にデジタル化がきちんと含まれているかを調べました。

 中堅中小企業でIT化やデジタル化をボトムアップで進めるには無理があります。そのため、どうしても経営層の積極的な関与が必要になります。しかし調査の結果、経営層が「中期経営計画を組み込んでいる」「社内にIT・デジタル化の具体的なメッセージを出している」とした企業は、ひとり情シス企業ではわずか11.4%であり、情シスが2人以上存在する企業でも14.8%ほどでした。

 これは、「社長さん頑張ってください」「ちゃんと中期経営計画に組み込んでくださいね」といえば解決する問題でしょうか。中には実現できる社長もいると思いますが、将来の企業戦略を明確にした上で、デジタルでさらに事業を加速させる領域を見極めて投資するのは簡単ではありません。

 この記事を読んでいるITに詳しい方がある日突然社長になったら、どのような戦略を社員に提示するでしょうか。社長は孤独なものです。しかも、中堅中小企業では投資効果が見えにくいと実施しにくいものです。社長の怠慢によりデジタル化が進められていないのではなく、具体的な戦略が打ち出しにくいから方針にデジタル化が組み込まれていないのも事実だと思います。

デジタル化の事始め

 中堅中小企業の中には、圧倒的にデジタル化が進んでいる会社もあります。ある製造業の会社では、ファクトリーオートメーション(FA)のショールームかと思うほどデータが整備されており、あらゆるセンサーを利用してロボットが動いているような非常に高度なオペレーションを実現しています。

 この会社で特筆すべきは、工作機械を担当する社員もプログラミングやデータベースを駆使できるという点です。ほぼ全社員が高いITリテラシーを持っているので、工場全体で各人が主体的にデジタル化を進めることができます。完全にデジタルネイティブの環境となっているのです。

 このような環境になったのはどうしてだと思いますか。その会社も、昔は熟練した職人さんが工作機械を稼働させる工場であり、一般的な工場と変わりませんでした。しかしある日、技術部の社員が工場の生産工程を効率化できないかと同僚たちと議論していたそうです。真面目な議論というより、ワイワイガヤガヤと楽しく盛り上がる雑談のような感じでした。「機械学習を用いた予測分析とかやってみたいよね」という非現実的な話に終わりそうでしたが、この話を知った社長はレクリエーション目的で安価な人工知能(AI)ソフトを購入しました。

 当時の社長は、これが仕事に役立つようになるとは全く思っていませんでした。しかし、このAIソフトの購入がきっかけとなって有志で研究してプログラムも学習することになり、全社員のITリテラシーの風土が高まったのでした。

 もう1つ、別の会社の話をします。あるひとり情シスの方が、ITに興味のある営業の若手社員に個人的にITの知識を教えていました。これは、軽く相談に乗ってあげているようなものでした。その結果、この若手社員は見積書を自動で作成するマクロやプログラムを作成したり、顧客管理システムを整備したりできるようになりました。

 これに気を良くした社長はデジタル化への理解が深めていき、その後のデジタル投資に積極的になったということです。デジタル化は大上段で構えるのではなく、ちょっとしたきっかけ作りが大事なのかもしれません。

清水博
清水博(しみず・ひろし)
ひとり情シス・ワーキンググループ 座長
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のディレクターを歴任、ビジネスPC事業本部長。2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。2020年独立。『ひとり情シス』(東洋経済新報社)の著書のほか、ひとり情シス、デジタルトランスフォーメーション関連記事の連載多数。

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