受託ソフト開発会社の多くが今、コロナ後の新しい働き方を模索していることだろう。在宅勤務などテレワークの導入率はこの1年半で7割程度に高まり、オフィスの在り方を見直す企業も少なくない。その先駆的な取り組みをしているのが、従業員50人超のソニックガーデンだ。創業10年の同社はコロナ前にオフィスを撤廃し、全従業員が全国各地から開発プロジェクトに参画する仕組みを構築。そのベースといえるのが「納品のない受託開発」で、伝統的な受託開発の契約形態から開発体制までを刷新したものになる。同社はこのほど、これからの10年に向けた経営方針を作成し、2021年7月にスタートを切った。
同社は2011年7月、大手システムインテグレーター(SIer)のTISに在籍する倉貫義人社長ら5人で同社から独立する形で事業を開始した。ユーザーの一括発注、人月ベースの見積もりなど伝統的な受託開発に疑問を呈した倉貫社長は「納品のない受託開発」と呼ぶ手法を編み出し、それを事業の中心に据えた。具体的には、ユーザー企業と弁護士のように顧問契約を交わし、1人で企画段階から開発、運用までを継続的に関わり、ITシステムを作り上げるとともに、その発展に継続的に携わっていくというもの。新規事業の立ち上げや取り巻く環境変化に素早く対応するためで、そうした改善や改良し続ける「納品のない受託開発」の料金体系は一括ではなく、月額になる。
「納品のない受託開発」のビジネスは順調に拡大し、従業員はこの10年で10倍の50人超になる。平均年齢は36歳になり、25~55歳までが在籍。女性比率も15%になる。ユーザー数も100社を超え、創業当初のスタートアップや新規事業の立ち上げに必要なシステムに加えて、中小企業の業務改善や急成長するスタートアップの再構築、大企業の新規事業などのシステムへと広がる。顧問契約の形態も、従来の1人から複数人によるチーム対応もする。サイボウズの簡易開発ツール「kintone」を使って業務改善システム作りに取り組む「業務ハック」チームも生まれた。
事業範囲も受託開発に加えて、仮想オフィス「Remotty」や勤怠管理システム「ラクロ―」などの自社サービスや、kintone連携のプロダクト「じぶんシリーズ」へと拡大する。「プログラマーもそれ以外も増え、事業が広がった」(倉貫社長)が、ソニックガーデンは次の10年に向けて事業内容を見直すことにした。改めて何を提供するのか考えた結果、「納品のない受託開発は大事なビジネスで、当社の価値であり、アイデンティティー」と再認識し、その答えの1つが「ラクロー」のMBO(経営陣による買収)だ。
「納品のない受託開発」の事業を展開する上で、「ラクローなど自社サービスは、異物を取り込んでいる」ことになる。そこで、ラクローを担当する岩崎奈緒己氏はソニックガーデン取締役を退任し、ラクローの社長に専念する。「資本関係はなくなり、納品のない受託開発のユーザーになる」(倉貫社長)。ソニックガーデンがTISからMBOしたのと同じことだという。
ただし、Remottyとじぶんシリーズは別の形にする。別会社にする事業規模には至っていないからで、事業として独立性を持たせるカンパニー制にし、人事や評価、組織作りの権限をカンパニー長に委譲する。プログラマー以外の人材を採用しやすくなるとし、受託開発に取り組むプログラマーとは異なるキャリアパスにする。例えば、新しいビジネスを開発し、独立することを支援する。受託開発における「業務ハック」の担当者にはフルスクラッチ開発も手掛けるようにする。
経営体制も変更する。倉貫社長が事業全般を統括してきたが、今後は5人の取締役と執行役員にする。2人のカンパニー長がRemottyとじぶんシリーズをそれぞれ担当する。倉貫社長と藤原士朗副社長はコーポレートガバナンスに当たるとともに、次世代を担うプログラマー育成に取り組む。
ソニックガーデン 代表取締役社長 倉貫義人氏
「この10年は生き残れればいいという生存戦略だったが、これからの10年は社会に目を向ける」とし、倉貫社長は職人としてのプログラマーの価値を高めることに力を注ぐ考えのようだ。
その一環として、趣味でプログラミングをする人たちを増やすための草の根運動を展開する。そのために、若手育成のために作成したプログラミングレベルの向上法や未経験者がゲーム感覚でプログラミングを学べる学習コースなど、社内の取り組みを公開したり、毎月開催する社内プログラミングコンテストに外部からの参加を募ったりする。「当社の採用やCSRのためにやるものではない。世の中に役立つものと純粋に思っている」と、倉貫社長はプログラムの文化を広げたいという。
実は、倉貫社長は「納品のない受託開発」を業界に広げる活動を推進してきたが、普及を諦めてしまった。「(納品のない受託開発は)難しいビジネスで、やれる人は限られている」ことに気が付いたからだという。「納品のない受託開発」を広げるのは、プログラマーの育成から必要ということなのだろう。成長とは、人員や売り上げを拡大することではなく、次世代の人材を育てることにあるからだ。ソニックガーデンから、どんな人材が育つのか楽しみだ。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。