近年、企業経営においてSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)やESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:統制)が盛んに叫ばれ、取り組みが広がりつつある。この動きはIT部門にも影響を及ぼし、新しい役割を付け加えるものになるという。アイ・ティ・アール(ITR)が10月6日にオンラインで開催した年次イベント「IT Trend 2021」では、シニア・アナリストの中村孝氏が解説してくれた。
ITR シニア・アナリストの中村孝氏
企業の観点でSDGsやESGは、従来の利潤を追求する経済活動が環境破壊や資源枯渇、人権侵害などのさまざまな弊害をもたらし、地球環境や社会の維持に深刻な影響を与えかねないとの懸念から、環境保護や社会貢献の点においても企業としての責任を果たす取り組みとして捉えられている。
SDGsやESGへの積極的な取り組みを表明した企業は、自社の存在意義を問い直し、環境や社会に果たすべき役割と目的を定め、持続的な共生と成長を実現していくためのビジネスの再構築を図り、ブランディングや企業価値に結びつけるところもある。同時に投資家などが企業側へSDGsやESGの取り組みを要請したり、評価したりする動きも広がりつつある。
中村氏によれば、SDGsとESGの大きな違いは、SDGsがあくまで企業にとって努力目標であるのに対し、ESGが投資家や経営者らに実際の行動を求める点にあるという。SDGが理想的な目標への取り組みとすれば、ESGは資本家を交えて企業が正しい方向へ行くための実働的な取り組みになるという。
ESGは、2006年に当時のKofi Annan国連事務総長が「国連責任投資原則」を提唱した機関投資家の投資原則に由来し、投資分析や意思決定、株式の所有方針などにESGの視点を加えることが求められた。投資家には、投資対象とする企業側にESGに関する情報開示や意見の進言、評価などを行う責務が伴うようになり、企業側もESGに関する取り組みを推進してその状況を開示したり、投資家に意見を求め経営判断をしたりする必要性が生じることとなった。
企業の経営層が経営方針や戦略にESGを位置付ければ、IT部門もITの観点からESGに関する目標を定めて取り組み、経営を補完していくことになる。端的には、例えば、地球温暖化につながるとされる二酸化炭素の排出を発電時から抑制するために、データセンターの電力消費を削減するといったことがイメージされるが、それだけにはとどまらない。
地球環境や社会への効果として見ると、ESGの取り組みは、企業単独ではなく取引先や調達先などビジネスでつながる関係者を交えたものである必要があり、IT部門としても自社や自組織のESGの目標をもとに、ITベンダーやサービスプロバイダー、業務委託先などに、ITリソースの調達から開発、運用、廃棄などに至るまで広範なESGへの取り組みを依頼し、その実績を評価することが求められるようになるという。
中村氏は、例えば、これまで一定期間で廃棄していたIT製品を、ESGの持続可能性のためには、より長い期間利用していくことになり、ベンダーに対して長期利用可能な製品の供給と保守などを要請する必要があると解説する。また、システム開発では、再利用可能なソースコードの活用を推進することが求められる。ベンダーが開発した顧客システムのソースコードの権利は顧客に帰属するのが一般的だが、顧客がベンダーに再利用の権利を許諾することでシステム開発の効率化が期待されるという。ITサービスの利用契約あるいはRFP(提案要請)などにもESGの要素が盛り込まれるようになるとする。
こうしたさまざまなESGの取り組みは、IT部門が積極的にITベンダーやサービスプロバイダーなどのIT業界側に働きかけることが重要であり、中村氏は、IT業界がユーザーのIT部門の要請を取り込むことで、その流れが持続可能な環境や社会の実現に大きな効果をもたらすことが期待されると説く。
これまでのIT部門の基本的な役割は、経営層やエンドユーザーである事業部門などの要求を受けてITサービスを提供するものだったが、中村氏によれば、これからは経営目標としてのESGを推進するITの実現、さらにはIT部門がESGを通じてより良い環境や社会の実現をけん引していく新たな役割が加わることになる。
中村氏は、ESG推進役としてのIT部門が取るべき行動して、「IT投資管理」「会議運営」「意思決定」の3つを挙げる。
IT投資管理では、個々のプロジェクトにおいて投資前にその効果を予測する際に環境や社会の指標を加え、投資後も環境や社会の指標を加えて測定や評価を行う。成果や実績などは、経営層を通じて投資家や株主にも開示されることになる。「会議運営」では、例えば、株主総会や投資家向けの経営説明会といった場において最高情報責任者(CIO)も出席し、ITの観点から自社のESGの取り組みを株主や投資家らに説明するようになる。そうした場に限らず経営会議でもESGに関する取り組みを議論する際に、CIOやIT部門の参画機会や重要性が増してくる。「意思決定」では、IT部門における戦略や計画などにESGを反映させていくというものだ。
加えてCIOにも、自社のITやビジネスだけでなく、ESGへの取り組みと環境や地球といった観点を持つ必要性が出てくるという。ESGの取り組みがより深く具体的になれば、例えば、投資家に開示する情報の中で、ITシステムの開発、構築、運用での二酸化炭素排出料の実績といった数字を伴う状況も出てくると予想される。あるいは、IT部門の業務改善を図り適正な労働環境を実現できているかといった投資家の評価も考えられるという。
中村氏は、企業全体でESGの取り組みを推進していく上でもIT部門が大きな役割を果たすだろうと述べる。例えば、全社的なIT統制の取り組みの経験やノウハウを広く紹介したり、それら生かして他部門の取り組みを支援したりできる。
IT部門は、SDGsやESGの機運の高まりに対して受け身になるのではなく、その取り組みをリードする新しい役割と能力を発揮することが肝心であるようだ。