山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

フードデリバリー先進国の中国で進む、デリバリー配達員の待遇改善

山谷剛史

2021-10-29 07:00

 キャッシュレス決済とほぼ時を同じくして成長した中国のフードデリバリー業界。CNNIC(中国インターネット情報センター)によると、フードデリバリーの利用者は2021年6月末時点で4億6859万人。これは、10億人強いるインターネット利用者の46.4%、全人口の33%に当たる。サービス事業者は「美団(メイトゥアン)」と「餓了麼(ウーラマ)」の二強状態であり、約800万人いるデリバリー配達員はいずれか、あるいは両方に登録している。基本的には貧しい地域からの労働者がデリバリー配達員となることによって成り立っている。

 フードデリバリーの普及が進む一方で、さまざまな問題が発生している。例えば、配達遅れに腹を立てた利用者がデリバリー配達員に暴力を振るったり、デリバリー専門店のキッチンが不衛生だったり、高評価をつけるようにデリバリー配達員が利用者を脅したりといった具合だ。また、メイトゥアンやウーラマが自社サービスだけを使うよう飲食店に圧力をかけているという報道もある。デリバリー配達員をやってみたら日銭を稼ぐのが大変だったという記事や、交通ルールを守らないデリバリー配達員を見たというSNS投稿などが無数にある。

 こうしたさまざまな問題を解決しようと、浙江省では、食品や配達員の安全確保を目的とした「浙江外売在線」(浙江省デリバリーオンライン)というシステムを7月に立ち上げた。飲食店に対しては、メイトゥアンやウーラマのシステムから厨房をライブ配信できるようにするほか、飲食店の登記情報や店員情報を見られるようにする。厨房の様子が分かるレストランがあるが、それをオンライン化した形だ。

 さらに、人工知能(AI)を用いた画像認識システムを導入し、調理スタッフの異常な行動をAIで判断し、その様子を写真撮影して飲食店へ送信する。同様のシステムは他地域でも少しずつ導入が進んでいるとのこと。厨房のライブ配信に対応する飲食店については、メイトゥアンやウーラマのトップページの見えやすい位置にリンクを表示することから、利用者からのアクセスが増えるという特典になる。

 デリバリー配達員のトラブルについては、システムの改修によって状況の改善を目指す。多くのトラブルは、配達時間が厳しすぎるために発生している。浙江省は、メイトゥアンやウーラマが設定する配達時間が短すぎるとして、もっと余裕のある設定にするよう促した。そこで、浙江外売在線のシステムは、乗車や歩行の時間、道路状況、負荷、天候から合理的な時間を算出し、その時間内であればサービス事業者やデリバリー配達員を罰することはできず、また利用者も低評価をつけられないようにした。

 それによって時間厳守を求める利用者からのトラブルを減らすとともに、速度違反や信号無視、逆走などを繰り返すデリバリー配達員に交通ルールを守ってもらうのが狙いだ。将来的には、デリバリー配達員のヘルメットや車両にGPSチップを取り付けることで、さらに監視を強める予定だ。9月1日付の報道では、メイトゥアンやウーラマに所属する浙江省内のデリバリー配達員35万人がこのシステムに登録したという。報道を見る限り、遅配による配達員トラブルの一部はかなり改善したとしている。

 中国政府市場監管総局は「関于落実網絡餐飲平台責任 切実維護外売送餐員権益的指導意見」というのを7月末に発表している。今後、中国全土がこの方針に従っていかなくてはならないのだが、この通達でも厳しすぎるシステムによるデリバリー配達員の遅配問題を改善するよう書かれている。

 他にも、デリバリー配達員の保険加入や最低賃金以上の収入保障などが挙げられている。政府の声掛けによりデリバリー配達員の労働環境は改善が進みそうだが、そのためにメイトゥアンやウーラマは対応が必要になる。そのコストはサービスの価格に反映されるだろうから利用者の考え方も変わらざるを得ないだろう。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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