Claris Internationalの最高経営責任者(CEO)を務めるBrad Freitag(ブラッド フライターグ)氏は、コロナ禍の未曾有の変化を受け、特に日本の中小企業が変革に対して積極的に変わり始めたと話す。同氏に、中小企業がデジタル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいくポイントを尋ねた。
Claris International 最高経営責任者のBrad Freitag氏
Clarisは、ローコード開発プラットフォーム「FileMaker」をはじめ、企業ビジネスの中核を支えるソリューションを30年以上に渡り提供するAppleの100%子会社だ。現在は100万社以上の顧客を持ち、中堅・中小企業が約85%を占める。日本でもFileMakerを利用する企業は非常に多く、同社のビジネスの約4分の1を日本市場が占めているという。
DXは業種や規模、地域を問わず、あらゆる企業に共通した重要なテーマになっている。DXは大企業が取り組むイメージが強いものの、多様なビジネスを手がける中小企業にとっても大切な取り組みだ。既存ビジネスの変革あるいは新しいビジネスの創造といった大きな目標を実現するだけでなく、紙の文書で処理をしていた仕事をITの活用で効率化する、あるいは、現場の豊富な経験やノウハウを生かして業務に役立つアプリケーションを自分たちで開発するといったことができる時代だ。
コロナ禍がもたらす影響は、人々の行動や生活習慣、社会の在り方を大きく変え、この状況をただ受け入れるだけでは、従来のビジネスを続けることが難しい。強い危機感から何かを変えなければならないと考える企業は多いだろうが、Freitag氏は、「アジャイル(俊敏さ)やDXといったことに抵抗を感じる日本の企業が多い印象だったが、現在は明らかに変わった。エキサイト(ワクワク)し、積極的に変わって行こうという気持ちが感じられる。意識や文化が大きく変わり始めている」と述べる。
企業がDXによって思い描く変化した姿は、企業によってさまざまだろう。目標とするイメージがあまりに壮大で、「取り組みの途中で諦めてしまうかもしれない・・・」と心配するかもしれない。この点をFreitag氏に尋ねると、答えは、変わるモノがあれば変わらないモノもあるということだ。
「日本の皆さんもご存じのDomino's Pizzaは、10年以上前からDXに取り組んでいる。電話だけでなく顧客が持つ手元のスマートフォンのアプリからも注文できるようにしたり、配達を待つ間に楽しめる仕組みを取り入れたりして、顧客の体験を変えてきた。しかし、彼らが顧客に届けるピザそのものが別の食べ物に変わったわけではない。顧客が喜ぶ変化に取り組んできたことでビジネスが大きく成長しており、今では株主への還元がAppleを上回る規模と言われるほどに評価されている」
DXによって何かを大きく変えようと挑戦するが難しいのは、世界共通の状況だとFreitag氏。そこで大切なのは、小さな成功体験でも一つひとつ積み重ねて自信を持てるようにすることだという。まずは個人レベルでペーパーレスに挑戦してみる。うまくできれば、それを同僚に、そして部署の中にというようなステップで会社全体に広げることができれば、その成果は大きなものになる。
もちろん、一部の人や部署が変化に後ろ向きで、その道のりが決して順風満帆に行かないこともあるだろう。または、現場が変わりたいと思っていても、費用がかかると経営層が難色を示すこともある。では、どうすればそうしたハードルを乗り越えられるだろうか。
Freitag氏は、成功体験を積み重ねていくことに加え、どのような状況にあってもまず変化への取り組みを開始すること、経営層が決断すること、どんな姿に変わっていきたいのかというイメージを組織の多くの人々が共有できるようしっかりコミュニケーションすることだと話す。
「経営層は決意を示し、どのような姿に変わりたいか、どうやって変化していくのかの戦略を社員と一緒に実行していく。そのためにコミュニケーションをすることが大事だ。変化への意識、必要性を理解してもらい、取り組みを通じて成功につなげていく。そして、変化は続くものであり、変化に対応する取り組みも続けていくことが重要になる」
DXの営みを着実に進めていく上では、テクノロジーの活用や教育・啓発といったさまざまな活動を続けられるようにすることも肝心だ。Freitag氏は、あくまで目安としつつ、「会社が年間に支出する経費の2%程度をDXに割り当てていくのが望ましい」と述べる。
同社のプラットフォームを活用して変革を進める顧客の事例は実に多様だが、Freitag氏によれば、例えば、信州ハム(長野県)はFileMakerで基幹システムを自社開発しており、適用領域を順次広げているとのこと。2015年に、まず生産管理システムで開発をスタートさせ、iPadでも簡単に操作したり情報を参照したり、製品の原材料となる肉の部位をイラストで表示して海外出身の社員でも分かりやすいようにするなど、工夫している。システムに蓄積されるデータから工程ごとの詳しい状況を把握できるようになり、リアルタイムに歩留まりを把握して短時間で対処できるようにもなった。
また大阪メトロ(旧大阪市営地下鉄)は、2018年の民営化という変化に合わせて、FileMakerとiPadを導入した。運転士や車掌といった現場が中心となって各種業務アプリケーションを開発しており、例えば、始業前点呼では、以前は運行管理者と乗務員が口頭で確認を行っていたが、iPadに入力するようにして作業時間を短縮させている。遅延の発生といった運転状況の変化もiPad経由で瞬時に現場で共有され、乗客に最新の情報をすぐ案内できるようになるなど、顧客体験の変化を生み出している。
先述したようにコロナ禍は、好むと好まざるとに関わらず、多くの企業に変化の必要性をもたらした。いずれ変化しなければならないなら、消極的ではなく積極的に取り組むことが、これからのビジネスを切り開くことにつながるだろう。特に人材や後継者の不足にも悩む中小企業にとって、デジタルの活用は大きな武器になるだろう。今から入社する人材はデジタルが当たり前の世代であり、彼らが活躍できるためのデジタルの仕組みが必須にもなる。
Freitag氏は、特に経営者は現在の状況を真剣に受け止め、変化には自信を持って乗り出してほしいと呼び掛ける。
「私も経営者として、新型コロナウイルス感染症から社員を守るために、オフィス勤務からテレワークでも安全に仕事を続けられる環境に変えることに明け暮れた。変化に対応する中で、当社のビジネスがどのような状況か、社員は実際にどのように働いているのか、社員のリソースをどう配置すればビジネスをより良いものにできるのかといったことを深く理解でき、今では大きな自信になっている。だからこそ経営者は、ぜひ自信を持ってエキサイトしながらDXに乗り出していただきたい」