ガートナー ジャパンは、11月16~18日に年次イベントの「IT Symposium/Xpo 2021」をオンラインで開催、基調講演でコロナ禍の先にある時代を見据えてIT部門が次に起こすべき行動や考え方などを提言した。
17日に実施したメディア向け説明会では、イベントチェアを務めるバイス プレジデント アナリストの海老名剛氏が、今回のメインテーマである「Reach Beyond~非常識の、その先へ」の意味を紹介した。同社は世界各地でこのイベントを開催しており、メインテーマは共通のものという。コロナ禍がもたらした急激かつ大きな変化を受けて、従来の常識や既成概念などがある意味で取り払われ、「ITを活用し限界を突破していくべき」との同社の思いを込めたものだとした。海老名氏は、対面主義からオンラインやリモートの受容、バーチャルによる価値創造といった動きが生まれ、「ITリーダーはよりビジネスに寄り添い、今までの常識の制約を超えた、新しい常識を作っていくことを目指してほしい」と述べた。
「IT Symposium/Xpo 2021」のテーマなどを紹介したガートナー ジャパンの池田武史氏、海老名剛氏、松本良之氏(左から)
オープニング基調講演は、「次はどこへ向かうか:世界的な混乱の中で発揮すべきITリーダーシップとは」と題して、米Gartnerのアナリスト陣がコロナ禍の先を見据えたIT部門の役割などを紹介。その要旨をバイス プレジデント アドバイザリの松本良之氏が解説した。
今、世界中の企業が取り組むデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進では、「データ」と「テクノロジー」がキーワードになり、松本氏によれば、ガートナーではそれらに「人」を加えるべきと提起している。例えば、働き方に着目すると、コロナ禍でリモートワークが広がったが、旧来のオフィス中心の働き方を願う人とリモートワークを願う人に分かれ始めた。企業は、この両極端の希望に対応しなければならなくなり、そこで「ハイブリッドワーク」というキーワードが生まれている。
こうした変化への対応を具現化する存在として、ITを理解しビジネス戦略を推進する「ビジネス・テクノロジスト」という新しい役割も出現しているという。ガートナーの調査によれば、IT部門出身のビジネス・テクノロジストは10%で、事業部門側に所属してITをリードする人材が41%に上っている。こうした人材は、事業部門としてデータ分析やロボティックプロセスオートメーション(RPA)などのツールの開発などを手がけている。
同社の別の調査では、デジタル投資の配分を事業部門側で増やしたとする企業の経営層が40%あり、ビジネス・テクノロジストが活躍する組織ではデジタルビジネスの成果を加速させる可能性が2.6倍に高まる効果が判明しているという。
こうした調査や分析から予想されるのは、企業は旧来のIT部門から事業部門でのIT活用に比重を移しつつあり、IT部門の競争相手が他社ではなく自社の事業部門となる状況が起こり得ることだという。そのためIT部門は、これまでの役割や常識に固執していてはならず、事業部門との関係性を高めたり、密に連携した仮想的な新しい組織体制を構築したりといった取り組みを進め、コロナ禍の先の新時代を見据えた新しいITの活用や推進に乗り出すべきであるとした。
その実例では米航空宇宙局(NASA)が挙げられた。NASAでは、多種多様な経験やスキルを持つ職員の情報をデータ化、さまざまなミッションやプロジェクトで必要な人材をマッチングさせる仕組みを構築している。いわば組織内人材のマーケットプレースで、人材の流動性を高め、ミッションやプロジェクトごとに適材適所となるよう人材を配置して活躍できる環境作りを進めている。
コロナ禍に見舞われ始めた2020年は、多くの企業が先行きへの不安からIT投資を大幅に抑制したが、2021年はその反動でIT投資を拡大させているとのこと。また、57%の経営層がリスクテイクをする意欲を高めており、ビジネスを成長させるテクノロジーの活用に積極姿勢を示しているとする。
IT部門としては、新時代への歩みを阻害するという過去の知見や慣習、バイアスを捨て去るべきであるという。その際に実践すべきアプローチの1つが、「シンセティックデータ」の活用になる。シンセティックデータとは、個々の実データの組み合わせることでより的確なものとする合成データになる。例えば、さまざまな個人情報を手がかりにして的確なパーソナライズサービスを実現するといったものがあり、ガートナーでは、特に人工知能(AI)におけるシンセティックデータの活用が急速に進むと予想する。
ただし、その動きを警戒しプライバシーの侵害などを懸念する消費者が増え、意図的に個人データの価値を下げる行動に出ることが予想されるという。企業や組織は、そうした懸念に対応しながらデータとテクノロジーを活用してビジネスを成長させなければならない。そのバランスをIT部門側と事業部門側が連携して担保することが求められる。
いずれにしてもコロナ禍は、実に多くの変化を企業や組織に突き付けており、変化に対応する上で、テクノロジーやデータを駆使するだけでは不十分であり、必ず「人」の観点を織り交ぜなければ、真の変化は成し得ない。そうした観点でIT部門には、かつての非常識をこれからの時代の新しい常識に変えるような行動が求められているという。
コロナ禍の先を見据えてIT部門が注目すべきテーマ(出典:ガートナー ジャパン)
また、イベントに合わせて同社は、2022年版の「戦略的テクノロジのトップ・トレンド」も発表した。これは、企業や組織にとって重要なインパクトを持つテクノロジーの最新動向になる。バイス プレジデント アナリストの池田武史氏によれば、2022年版では「成長を加速する」「変化を形づくる」「信頼を構築する」の3つの観点から12種類のテクノロジートレンドを選定した。このうち7種類が新しいものになっている。
例えば、「成長を加速する」では「ジェネレーティブAI」を挙げた。これは、コンテンツやモノに関するデータを学習、利用して創造的で現実的な全く新しいアウトプットを生み出す機械学習の手法という。「変化を形づくる」では「意思決定インテリジェンス」などを挙げる。意思決定の方法や結果の評価方法、管理方法、フィードバックによる改善方法を明確に理解し確立することで意思決定を改善する実践的な規律になるという。「信頼を構築する」では「クラウド・ネイティブ・プラットフォーム」などを挙げた、従来の「リフトアンドシフト」(オンプレミスシステムをまずクラウドに移行し、クラウド環境に変更させていくアプローチ)から脱却し、クラウドを前提にその特徴を最大限に生かして価値実現までの時間短縮、コスト削減を可能にするアプローチを採るべきとする。
池田氏は、ここでの12種類のテクノロジートレンドは個別にあるわけではなく、現実世界の状況をデータとしてサイバー空間に取り込み、分析し、知見や洞察を得て、その成果を現実社会に反映して新しい価値を創造するための要素になると解説している。
2022年版の「戦略的テクノロジのトップ・トレンド」の見方(出典:ガートナー ジャパン)