三菱電機と産業技術総合研究所(産総研)は11月25日、製造現場の環境変化や加工対象物の状態変化を予測して、稼働中のファクトリーオートメーション(FA)機器をリアルタイムに調整する人工知能(AI)制御技術を開発したと発表した。新技術は、三菱電機のAI技術「Maisart(マイサート)」の1つに位置付けられ、今後は三菱電機のFA機器やFAシステムへの実装を進め、2020年代半ばには実用化を目指すとしている。
新技術により、製造現場などで作業者による機器調整を無くし、製造工程のおける生産性を向上させることができるほか、AIが予測した加工誤差量などの結果を指標化するという。信頼度に応じてFA機器を適切に制御し、さまざまな加工環境下においても、信頼性の高い安定的な動作を実現できるようになる。また、変種変量生産における製造工程においても、生産性の向上に貢献できるとするほか、機器調整の作業に求められていた熟練作業者の不足にも対応できるとしている。
三菱電機 先端技術総合研究所 駆動制御システム技術部長の高橋宣行氏は、「ユーザーニーズの多様化に伴い、製造業界では変種変量生産が求められ、加工生産物が頻繁に変更されたり、加工中の形状変化が見られたりする」と述べる。その際には、熟練産業者が手動で動作パラメーターを調整してきたが、熟練作業者の不足により、調整作業における生産性の低下が課題となっているという。「今回の技術により、加工環境の変化にリアルタイムに適応して、変種変量生産でも生産性を向上できる。熟練作業者の不足に対してAIを活用した生産性の向上により、SDGsの『働きがいも経済成長も』『産業と技術革新の基盤を作ろう』への貢献もできると考えている」(高橋氏)などと話した。
開発の背景(記者会見の説明資料より)
今回のAI技術の開発では、「高信頼」「高速推論」「環境適応」の3つが特徴になるという。「高信頼」では、産総研が推論対象となる装置の機械特性と合わせて、個々の製品の機械特性のバラツキを学習することにより、推論結果の信頼度を計算できるアルゴリズムを構築した。三菱電機は、このアルゴリズムをAI制御技術に組み込み、推論結果の信頼度に応じて適切にFA機器を制御し、高お信頼性を確保したAI制御技術を実現したという。
産総研 人工知能研究センター 機械学習研究チーム 招聘研究員の麻生英樹氏は、「現在のAIはデータからの機械学習に基づいており、学習や推論の結果にはデータの不足、データに含まれる誤差に由来した不確実性が含まれている」と話す。医療分野や製造の現場などでは、不確実性に由来するリスクを的確に考慮する必要があり、「今回の技術では、予測精度を基に信頼度を指標化した。不確実性を加味して予測や制御を行い、これが今回の技術の基盤になっている」(麻生氏)とした。
高信頼におけるCNC切削加工機への適用例では、従来は摩擦などによる加工誤差によって加工面に傷が発生したり、加工形状により加工誤差が変化したりするため、熟練作業者が細かく調整していたが、人手では全ての加工形状での高精度な誤差補正は困難だったという。そこで、AIによりリアルタイムに加工誤差を推定して補正する。「推論結果の信頼度を計算し、信頼できる推論結果で補正するため、加工精度は51%向上させることができた。また、信頼度が低い場合には再学習して精度を高めたり、加工対象物が変わっても再学習することで高精度な加工を実現したりといったことも可能になる」(三菱電機の高橋氏)としている。信頼度付き推論技術は、負荷推定や異常検知など、FA機器全般に適用が可能だという。
高信頼におけるCNC切削加工機への適用例(記者会見の説明資料より)
「高速推論」については、三菱電機のノウハウを活用し、AIの推論精度や処理負荷をFA機器向けに調整。また、処理負荷を軽量化することで、動作パラメーターの推論精度を維持しつつ、FA機器制御と同時並行で推論が可能な軽量なAI制御技術としている点が特徴になるという。
高速推論が可能なAI制御技術の適用例としては、産業用アームロボットの手先にかかる負荷を推定する技術を開発した。ロボットが動く際の適切な加減速を計算するには、ロボットの手先の負荷に関する情報が必要であり、この情報が無い状態ではロボットを高速かつ安全に動かすことが難しい。また、そうした状態で動かすには、熟練作業者による長時間の調整作業が必要だった。新技術では、モーターの電流などの情報からAIがロボットの手先の負荷を高速に推定するとともに、その推論結果の信頼度を算出、信頼度に応じて加減速を調整する。検証結果では、AIを用いたロボットの動作時間を20%短縮できることが確認されたという。
高速推論における産業ロボットへの適用例(記者会見の説明資料より)
「環境適用」においては、産総研が、FA機器動作中に取得した状態量をAIにその場で学習させ、加工環境が変化した場合でも、すぐに調整できるとする。三菱電機の知見を基に、FA機器における摩擦などの物理現象を数式化し、この数式をAIに組み込むことで、FA機器が動作中でも学習することを可能にした。これにより、常に変化する加工環境への適応が可能になったという。
ここでは、形彫放電加工機への適用例を示した。形彫放電加工機は、彫りたい形状に加工された電極を、加工対象物に近づけて放電を発生させることで、電極形状を加工対象物に転写する。だが加工中は、電極と加工対象物の間に加工くずが発生するため、加工くずを排出する電極の動作が必要になる。加工くずの排出状態に応じて、加工くずの排出動作の頻度を調整する必要があった。今回の技術を用いれば、加工くずの排出状態を加工中にAIが学習、加工くずの排出動作の頻度を自動調整することができるという。検証結果では、加工時間を最大23%短縮できたとしている。
環境適用における形彫放電加工機への適用例(提供:三菱電機)
形彫放電加工機への適用例(提供:三菱電機)
三菱電機と産総研は、2017年度からAI開発で連携してきた。三菱電機は、全世界に6カ所に研究開発拠点を持つが、今回の技術開発には、兵庫県尼崎市の先端技術総合研究所、神奈川県鎌倉市の情報技術総合研究所が参加した。
三菱電機 先端技術総合研究所長の岡徹氏は、「2017年からは工程設計、設備設計といった生産準備段階において、AIによる調整作業の自動化を実現している。2019年以降は、生産実行の現場で最適化し、製造におけるリアルタイムなAI活用技術を共同研究してきた。それが、今回の技術につながっており、三菱電機のFA機器と産総研のグローバルトップレベルのAI技術を融合し、生産工程全体を効率化していくことを目指している」と述べた。
また、産業技術総合研究所 人工知能研究センター 研究センター長の辻井潤一氏は、「われわれは、次世代AI技術の研究開発やAI技術の社会実装のハブとして活動し、年間60社程度の民間企業と共同研究を行っている。三菱電機とは過去5年に渡り、密に取り組んでいるもの。製造業でのAI適用を目指すインダストリアルCPS研究センターとも連携している。今回のようなリアルタイムに利用するAIは、信頼性が重要であり、他の対象物に転用する際にも容易に構築できることが求められる。また、『ABCI』による橋渡しクラウド、インダストリアルCPSによるデータ収集の環境を作り、その上に機械学習の総理論を適用する。さらに、生産性向上に結びつけるという一気通貫の研究成果にもつながっている」と述べた。