デジタル岡目八目

デジタルヘルスケアの支援に本腰を入れるセールスフォース日本法人

田中克己

2022-04-05 07:00

 ヘルスケア領域のデジタル化が医療や介護の現場を効率化させるとともに、医療に対する消費者の信頼を向上させる。そう確信したセールスフォース・ジャパンが、クラウド型患者情報管理ソリューション「Salesforce Health Cloud」の国内展開を本格化させている。

 Health Cloudは、患者を中心に据えた医療機関と保険会社、製薬会社、医療機器メーカーのための統合プラットフォーム。治療の進行状況や保険料の申請といった患者にとって有益なサービスや情報を提供し、「患者の観点から使いやすいヘルスケアにしていく」(佐藤氏)ものになる。医療機関、保険会社、製薬会社などが消費者との信頼関係を構築する役割も担う。

 同社の調べによると、医療機関を「完全に信頼している」と回答した消費者の割合は36%だった。このほか保険会社は26%、医療機器メーカーは17%、製薬会社は13%だった。信頼は治療にも影響する。例えば、「製薬会社を完全に信頼する」と回答した消費者の多くは、栄養習慣や雇用状況など医療以外の情報も提供するのに対して、「製薬会社を信頼しない」とする消費者の47%は情報共有を拒否する。

 ここから分かるのは、消費者の一人一人にマッチしたサービスや情報の提供が製薬会社や医療機関などの信頼を測る物差しになるということ。同社調査によると、消費者の6割超がオンラインによる情報やサービスを提供する医療機関を選ぶ傾向にある。保険会社に対しては、保険金の給付・請求などに関する分かりやすい情報提供や顧客と接する複数のチャネルの提供などが挙げられる。

セールスフォース・ジャパンの執行役員で金融・ヘルスケア業界担当シニアディレクターの佐藤慶一氏
セールスフォース・ジャパンの執行役員で金融・ヘルスケア業界担当シニアディレクターの佐藤慶一氏

 ところが、日本ではデータの標準化がなかなか進まず、診療ごとにデータが途切れている。デジタル化をリードする有力な組織や企業も現れない。セールスフォース・ジャパンでヘルスケア業界担当シニアマネジャーの早田和哲氏によると、ステークホルダーの取り組みがバラバラだと、データ連携に支障をきたし、消費者の信頼を失うことにもなりかねない。「日本でヘルスケアのビジネスが成り立つのか慎重に見定めていた」と同社 執行役員で金融・ヘルスケア業界担当シニアディレクターの佐藤慶一氏は話す。

 だが、新型コロナウイルス感染症の拡大が医療現場の非効率を表面化させた。多くの自治体で新型コロナの感染経路やワクチン接種の実態を正確に把握するのに時間がかかり、さまざまな問題が噴出した。組織のサイロ化がデータの管理、共有、活用を阻んだとも言われている。

 そうした中で、地域の大学病院や有力な医療グループ、自治体などがリーダーシップを取る形で、医療や健康などのデータを連携させるプロジェクトが走り始めた。その一つが、武田薬品工業の主導で2年弱前に開始された、神奈川県のパーキンソン病患者にオンライン診療から服薬指導、処方薬配送までを実現する臨床研究である。患者の手の震えなどをウェアラブル端末でモニタリングし、遠隔から診療したり薬剤を自宅に送付したりする実証実験(PoC)を実施。現在は検証段階にあるという。

セールスフォース・ジャパンでヘルスケア業界担当シニアマネジャーの早田和哲氏
セールスフォース・ジャパンでヘルスケア業界担当シニアマネジャーの早田和哲氏

 こうした医療のデジタル化がPoCから本格活用へと進展しそうな中で、セールスフォースは2021年6月にようやくHealth Cloudの国内提供を開始した。米国に遅れること5年になるが、「日本もオンライン診療の規制、PHR(パーソナルヘルスレコード)データの活用ガイドラインなどの整備が進み、患者を中心にしたヘルスケアになってきた」(佐藤氏)

 残った大きな問題はビジネスモデルになる。医療機関や製薬会社、保険会社などのデータ連携によるデジタル化が投資に見合う効果を上げられるかということ。同社資料によれば、医療機関なら医療の質向上による再入院率の減少、従業員満足度の向上による定着率の上昇などがある。保険会社では事務コストの削減から保険支払額の減少、契約者の満足度向上など、医療機器メーカーでは売り上げの向上、在庫の最適化、製品の品質向上などが挙げられる。消費者から見れば、費用対効果の高い治療への期待が高まるだろう。

 セールスフォースでは、まず医療機関や製薬会社などによる個別プロジェクトの支援から開始する。そこから地域、国全体へと拡大する。2022年後半から2023年前半にかけてHealth Cloudの活用事例を公開する予定という。そこからさまざまな可能性が見えるかもしれない。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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