山形県がデータ起点の社会変革プロジェクトを開始--地域課題の解決を先取り

大河原克行

2022-06-01 10:32

 公益財団法人の山形県企業振興公社は、ソーシャルイノベーション創出モデル事業「yamagata yori-i project(やまがた よりあい ぷろじぇくと)」を開始すると発表した。最上地域をモデルエリアに選定し、同地域の金山町、真室川町、鮭川村で社会課題の根拠となるデータの集積やヒアリングなどを実施する。同地域のフィールドを活用しながら、地域課題や地域資源をテーマにしたビジネスアイデアを創出し、ビジネスモデルの社会実装や実証実験を展開する。

yamagata yori-i projectのプロジェクトメンバーら
yamagata yori-i projectのプロジェクトメンバーら

 今回の事業名称は、「ちょっと“よりあい”行ってみっぺ」「“よりあい”さ話してみっぺ」と地域になじみ、セクターを超えて誰もが参加できる場であることを目指した「愛称」として設定したという。山形県は、2016年度の経済センサスによる事業所新設率が11.5%の全国最下位で、「起業後進県」の状況を克服するきっかけにつなげたい考えだ。

 県副知事で公社理事を務める平山雅之氏は、「新時代の成長にモチベーションの高い若い人たちを中心にした新たなビジネス展開が必要。創業の一番のポイントは、本気でやる人を湧き起こすことで、今回の事業は創業を掘り起こすものにしていく」と語った。

 今回の事業の特徴はコレクティブインパクト(さまざまな立場の参加者が社会課題解決に取り組むスキーム)になるという。都道府県単位での採用は山形県が全国初といい、平井氏は、「画期的な事業であり、やる気満々の人が集まっている。新しい山形県を作り上げる成果を期待し、地域課題の解決に向けて新たなビジネスを創出してもらいたい」とした。

 実施主体は公社だが、プロジェクトメンバーは産官学の約10人で構成される。山形大学 アントレプレナーシップ開発センター長の小野寺忠司教授がチーフコーディネーターを務める。また助言や協力、データ提供などを行う8社/団体のコアメンバー、課題解決対応やさまざまな連携を行う80社/団体のボードメンバーも事業推進に関わる。ボードメンバーには通信、金融などさまざまな業種の県内外の企業が参加。参加企業はさらに増える予定だという。県が2021年11月、JR山形駅前に開設した新ビジネス創出拠点「スタートアップステーション・ジョージ山形」をプロジェクトの伴走支援を行う場として活用する考えだ。事業予算は年間3000万円とし、2023年度以降の予算措置も目指す。

 ボードメンバーの1社となるNTT アグリテクノロジー 社長の酒井大雅氏は、「NTTグループ唯一の1次産業専業企業として、産業の課題解決だけでなく当社自身も養殖業を営むなど、さまざまな方々と手を組み事業を展開している。1次産業は日本の重要な経済基盤であり、文化やコミュニティーを醸成してきた大切な産業。1次産業の課題解決から“コト”が始まり、人が集い、成果を実感していく循環が大切だ。地域の実情や課題、期待、想いはさまざまだが、今回の取り組みは課題解決に向けて一歩を踏み出すタイミング。当事者として手を組み、背中を見せ、周囲を巻き込む、いい循環を作りたい」とした。

 ソーシャルイノベーション創出モデル事業は、3年間の活動計画とともにKPI(重要業績指標)を設定。新事業、雇用、企業の創出を狙う。県産業労働部長の我妻悟氏は、「山形県は新規事業に関するワンストップ窓口の開設、新ビジネスの創出拠点整備などにも取り組んできたが、次のステップがソーシャルイノベーション創出モデル事業になる」と述べる。県の人口減少などの課題がある中で創業しやすい環境づくりが大切だとし、「若者の中には、環境問題の解決に寄与したい、山形で起業したいという人が増えており、これを支援する活動も必要。起業家の創出、地域課題の解決という両面から実現する。データに基づいて地域課題を検証し、コレクティブインパクトによる多種多様なプレーヤーが課題を共有した形で活動したい」と話した。

コレクティブインパクト事業の流れ
コレクティブインパクト事業の流れ

 事業初年度のモデルエリアになる県北内陸の最上地域は、2020年度の国勢調査で人口減少率が9.0%と、県内4地域で最も高い。最上地域の3町村から課題となるデータの集積やヒアリングを行い、地域全体のフィールドとして活用しながら、ビジネスモデルの社会実装までに進めることを目指す。ここで確立した手法を県内各地に横展開し、社会課題解決型ビジネスモデルの構築、企業促進を図る。

 具体的には、3町村から収集するデータを基に課題を設定し、課題に対して関連するボードメンバーがプロジェクトに参加し、コンソーシアムを結成して解決プランを検討する。それを基に事業化につなげ、繰り返していくという。山形大学の学生などから約60人、企業関係者などから約50人が3町村を訪れ、約半年をかけて課題の抽出、ビジネスのアイデアを検討し、社会実装や実証実験につなげるという。

 まずは、6月25日にアイデア創出ワークショップをオンラインで開催し、地域課題や地域資源を把握するという。7月23~24日には合宿形式でフィールドワークを行い、ビジネスアイデア創出のワークショップや発表などを行う。さらに、ピッチイベントなどを通じて起業者に対する提案を開始するほか、2023年1月には県主催の発表会や、行政や企業、投資家などとのマッチングの場も設ける。2023年度に県内他地域への展開を行っていく考えだ。

 今回のモデルエリアを最上地域としたのは、山形大学に加え、デザインや公益、栄養、保健、農林業といった特色がある実業系大学などにより多様な支援ができること、全国でも有数の「巨木の里」として知られる原風景が存在すること、少子高齢化や若者流出、雪問題、空き家問題などがあり、課題の宝庫であることなどが挙げられる。プロジェクトのチーフコーディネーターを務める小野寺氏は、「県では年間1万3000人の人口減少があり、2040年には大幅に人口が減少する見込みで、数十年続けば県としてコミュニティーが消滅しかねない」と危機感を募らす。

山形大学アントレプレナーシップ開発センターの小野寺忠司センター長
山形大学アントレプレナーシップ開発センターの小野寺忠司センター長

 小野寺氏は、「日本は課題先進国とされるが、最上地域はそのトップランナー。当地域の問題は数年後に全国共通の課題になる。少子高齢化はもとより、統計では日本の51%が豪雪地帯であり、全国有数の豪雪地帯である最上地域の知見も生かせる。こうした問題にいち早く取り組み、解決方法を見い出だせないかと考えている。持続可能な地域社会を実現するために、誰もが活用できるステージを創出することが必要。住人たちが幸福を感じられる機能を持たせるための取り組みが必要だ」と話す。

フィールドワークとなる山形県の最上地域
フィールドワークとなる山形県の最上地域

 その一方で、県の課題を県単独では解決できないとも指摘する。「行政や非営利法人、大学、企業、基金、市民の枠を超えて連携し、県外の活力も必要。この仕組みを推進すえう人材育成も欠かせない。地域でビジネスを生み出すモデルや解決手法を確立し、全国に展開する必要がある」と述べる。

 小野寺氏によれば、プロジェクトでは課題解決だけでなく、地域の魅力をどう生かすかなどに着目するという。豊かな自然や古くからの習わし、新しい感性が融合したグリーンツーリズムや、豊富で清涼な天然資源である源泉などを活用したポジティブな提案も可能になるとし、「県内外の企業との“化学反応”も期待し、企業自らが山形県の課題解決や、地域資源を活用したビジネス創出に興味や楽しさを感じてもらうことを期待したい」とする。

 事業では、山形版のコレクティブインパクトにも取り組む。山形大学アントレプレナーシップ開発センターが主催する起業家人材育成プログラム「i-Hope」に参加する学生や企業のアイデアの事業化を検討する「起業家人材育成を通じたスタートアップ創出」、最上地域のオープンスペースを活用し、地域の人たちが中心となり、多様なテーマで議論して、施策を実行する「垣根を超えた地域の方々との交流を通じた課題解決」、地域課題解決や地域資源活用による企業価値向上を目指す企業と、地域企業や自治体とのマッチングを図る「企業との連携による事業創出」の3つのアクションを実行するという。

 小野寺氏は、「単一の団体による個別アプローチだけでは解決することが難しい課題を、各セクターの集合知で解決する山形独自の社会課題解決型ビジネスモデルを構築し、東北地方全体にも広げていきたい。課題解決のテーマにより特定産業の集積や新規事業の創出、、雇用の発生も期待される。可能性がある100個の事業を起こし、それらを重ね合わせてさらなる新事業を生み出す。新たな教育メソッドの確立や起業促進、未来のリーダー人材の育成にもつなげたい」とした。

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