人工知能(AI)の活用はビジネスの領域にとどまらず、今や文学、アート、音楽やデザインといった領域でも、その能力は発揮されています。AIが人間の仕事を奪い、アーティストはAIに取って代わられる、などの声もありますが、実はAIこそ、便利な道具としてクリエイターに仕えるものだと言えるのです。
では、AIはどのようにして、今まで人間特有の行為と考えられていた、クリエイティブな領域で利用されているのでしょうか。幾つかの実例を挙げてみましょう。
小説を書くAI
例えば、AIを研究する非営利団体のOpenAIが開発した言語モデル「GPT-3」(Generative Pre-trained Transformer 3)のような文章生成の言語モデルを用いると、ジャーナリストや小説家がマウスを数回クリックして入力する数行の文章から、多量の文章を生成することが可能です。
GPT-3はインターネット上の膨大な言語データをAIで分析する高度な技術です。ニューラルネットワークを訓練することで、GPT-3はまるで人間が書いたかのような文章を生成することができます。
AIが描く芸術作品
AIはクリエイティブの制作過程において、人間が見過ごしてしまいがちなパターンやトレンドを膨大な量の情報から処理することが可能です。これはAIがデータからインサイト(洞察)を抽出して分析する能力に長けているためで、芸術の世界でも活用できます。
芸術作品を創り出す過程では、その作品が人々の心に響くかどうかを考える時、今のトレンドが何かを理解したり、今後のトレンドを予見したりすることは必要不可欠です。AIにはそれを可能にする力があります。
また、トレンドの予測以外にも、OpenAIの自然言語処理と画像生成を組み合わせたAI画像ジェネレーター「DALL・E-2」などもあります。これは入力したテキストや画像から、それに関連する画像を新たに生み出すというものです。
作曲をするAI
AIは、Jimi HendrixやJim Morrison、Amy Winehouseなど、失われたアーティストから新曲を生み出しました。GoogleのAIソフト「Magenta」を使い、それぞれのアーティストの過去30曲を学習させ、彼らの作詞のスタイルや作曲時に用いられる典型的なパターンなどを取り込んだ結果、これらのアーティストを彷彿させるような個性を持った新曲を作り出すことに成功しました。
AIデザイナー
ファッションなどデザイン業界ではどうでしょう。流行や人々の好みといった事柄について、ビッグデータを活用して最適なものをAIは導き出せるのでしょうか。一例として、2017年にAppierの研究開発(R&D)チームが「AIが、人が好むファッションデザインを提案できる」(英語PDF)という内容の論文を発表しました。
AIソフトは単に過去のデザイントレンドに頼るのではなく、過去の膨大な情報を用いて、新しいユニークなデザインに仕上げることが可能です。 既に近年のファッションブランドでは、AIの予測機能を使ってトレンドを予想して、次のシーズンに向けたデザインに取り込んでいるという事実があります。
クリエイティブ領域におけるAIの強み
クリエイティブ領域でのAI活用において、人間にはないAIの強みとはいったい何なのでしょうか。一つは、AIが過去に人間が生成した、到底扱いきれない膨大な量の情報を処理する能力に長けているということです。
もう一つは、個人個人に合わせたクリエイティブの制作が可能だということです。例えば、オンライン広告についていえば、広告作成をする際、デザイナーにはどんな色、背景でどんなフォントを使うのか、イメージはどうするか、などといった豊富な選択肢があります。
AIはこれらの意思決定において、人間を大いに助けることができます。AIは過去のデータから、世間の心に響くコンテンツのタイプやスタイルが何なのかを知り尽くしています。マーケターはAIの提示する情報を基に、さまざまな角度から考えた、その人に向けた広告を作成することが可能です。
AIとクリエイターの今後の関係性
今後、クリエイティブな領域において、人間とAIの関係性はどのようになっていくのでしょうか。AIは人間に対して、強力な共同クリエイター、あるいはビジネスパートナーとなっていく可能性を秘めています。経験豊富なアーティストの個人的な経験や創造性に加えて、人々は今や、AIというデータと分析に長けた素晴らしいイノベーションを手に入れようとしていると言えます。
- ミン・スン(Min Sun)
- Appier チーフAIサイエンティスト
- 2005年からGoogle Brainの共同設立者の一人であるAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏、元Google CloudのチーフサイエンティストであるFei-fei Li(フェイフェイ・リー)氏などのプロジェクトに携わり、米国人工知能学会(AAAI)をはじめ世界トップの人工知能学会で研究論文を発表。2014年に台湾国立清華大学の准教授に就任。2015~2017年には、CVGIP(Computer Vision Graphics and Image Processing)Best Paper Awardsを3年連続で受賞。専門分野は、コンピュータービジョン、自然言語処理、深層学習、強化学習。